第12話 世界の事実

 迷える子羊の森を歩き続きて6日目、黒狼族と遭遇することなく目的の渓谷へと辿り着いた。この脇の道を向けていけば、森を抜けることができる。

 嬉しいことに渓谷に近づくにつれ、新しい薬草を入手できた。葉っぱはギザギザので少し酸味を感じるような香りがする。ただ、残念なこともあって、この薬草も鑑別できなかった。今の俺のレベルが8なので、10になったらできるようになるかもしれないので、いくつか採取だけはしておいた

 渓谷の道は大小の石が転がっていて、歩きにくい。バランスを崩すと崖に落ちる可能性があるので注意が必要だ。恐る恐る歩く一方で、ティルは周りを見渡しながら余裕の表情で進んでいる。


 「すごいですね、森の中とはまた違った景色です。」

 「そういえばティルもここまで来るのは初めてなんだよな。」

 「はい!だからワクワクしちゃって。」


 子供のように無邪気だった。

 夜は渓谷の途中にあった、壁がえぐれて岩の屋根になっている穴で過ごすことにした。それにしても順調すぎる。ここまでモンスターにも遭遇していない。逆に不安になるくらいだ。もしかしてそういった類が存在しない世界なのか?


 「なぁティル、全然モンスターとか見かけないけど、なんでなんだ?」

 「モンスターは森では出ません。迷える子羊の森はモンスターすら食べてしまうのです。なのでよっぽどのことがない限りはこの森で遭遇することはないんですよ。」

 「そうなのか、てことはこの森を抜けたら?」

 「はい、この渓谷を抜けたら、が正しいかもしれません。私もモンスターとの戦闘経験はあまりないのですが、父から何種類かの情報は教えられました。」


 モンスターですら恐れる森か。そうすると、ますます俺が無事でいられるのも不思議でならない。バルトウィル曰く、白狼族と行動を共にしているから、というのもあるが、エンシェント・マスターアビリティのホルダーだから、あるいは異世界から来たから、という説もあるようだ。いずれにせよ、俺にとってありがたいことであるのに変わりはない。

 俺はもう一つ、ここ何日かずっと疑問に思っていたことがある。それがエンシェント・マスターアビリティについてだ。バルトウィルから聞いたのは、10個存在するということ、そして把握しているのは『薬師の知恵』『獅子王の調停』『勇者の礼節』の3つだ。外界との交流を拒んだ白狼族がなぜこの3つだけ知っているのか。


 「もう一つ聞いてもいいか?」

 「はい、なんでしょう?」

 「バルトウィルが言っていた、他のエンシェント・マスターアビリティだが、なぜその3つだけ知っていたんだ。」


 「うーん」と手を顎に当てて考え込むティル。


 「『薬師の知恵』は薬師が、私たち一族に大きな関わりがあるから当然知っているのですが、残りの二つは、私も言い伝えでしか聞いたことがなくて、詳しくはわからないんです。」

 「そうか。」


 外界と交流を絶っていた白狼族でさえ知っている、ということは、おそらくは『何らかの関係があった』からではないだろうか。当時薬師が白狼族を救ったよりももっと昔に何かあったとか。

 考え込む俺の姿を見てティルは申し訳なさそうに口を開く。


 「お役に立てずに申し訳ありません・・・」

 「いや、知らないならいいんだ。ただ気になっただけで。」

 「それも王都に行けば何かわかるかもしれませんね。」

 「そうだな。明日も早いから寝るか。」

 「はい。」


 横になると地面の冷たさが体へと染みる。そろそろベッドで眠りたいものだ。


 翌日、予定通り渓谷を抜け、しばらく森を歩いていると、前方の木々の間から太陽の光が差し込んできた。その眩しさに目を細めながら突き進んでいくと、眼下には広大な大地が広がっていた。見渡す限り緑だ。そよ風に乗って、花の香りだろうか、春のような匂いもする。ちらほらと湖のようなものも確認でき、白鳥のような鳥が、群れになって留まっている。野生の動物だろうか、羊のようなモコモコした生き物が塊になって移動している。遠くには雪が積もった巨大な山脈も見える。こんな自然を生で見るのは初めてだ。現実世界でもテレビで海外の自然の映像を観たことはあるが、それよりも何倍も壮大に感じる。白狼の里で眺めた景色も良かったが、この景色もつい見惚れてしまう。


 「すごい・・・森の外はこんなに広いんですね・・・」


 ティルも俺と同様にその景色に感嘆しているようだ。

 俺はチラッと左に視線を向けると、複数の建物が密集しているのを見つけた。煙も上がっている。


 「ティル、あれがバルトウィルが言ってた集落じゃないのか?」


 指さす方向にティルも視線を移す。


 「本当ですね!早速行ってみましょう!」


 ひとまずは情報収集だ。俺たちは駆け足気味で集落へと向かった。


 近づくとわかったのだが、集落というより村に近い規模感だ。周囲には畑も広がっている。小麦っぽい穂先だ。点々と村人らしき人間が仕事をしているが、一人の老人が、俺たちに気づき声をかけてきた。


 「おーい、あんたら旅人かい?」

 「はい、王都を目指しているのですが、方向がわからなくて。教えていただけますか?」

 「あー、それなら・・・」


 老人の動きが止まり、その視線はティルに向いていた。物珍しそうに凝視している。咄嗟にティルを隠すように後ろへ移動させ、視線を俺へと向けさせる。


 「あぁ、王都じゃったな。ここから東に行って、丘を5つほど越えれば見えるはずじゃ。」

 「それって、どれくらい時間かかります?」

 「んー、歩いて2週間といった感じかの。」

 「に、2週間・・・」


 まだまだ先は長そうだ。今すぐにでも向かいたい気持ちもあるが、1週間ほど野宿生活に加え、食料の備蓄も少なくなってきたから休息がてら買い出しをしたい。


 「この村に宿はありますか?」

 「あるぞ。」

 「わかりました。ありがとうございます。」


 お礼を言ってその場をさっさと立ち去る。


 「あの、ユウスイ様、あの方私をずっと見ていた気がしたのですが・・・」


 一瞬後ろを振り向くと、あの老人はまだ俺たちを見ていた。

 獣人族が珍しいのか、ティルに美貌に見惚れていたか。しかしあの目からすると、他に理由もありそうだ。少し用心したほうがいいかもしれない。


 「ティルが綺麗だったからじゃないか?」


 あまり余計なことを言って心配させない方が良いと判断して、何気なく言ったつもりだったのだが、何も返答がないティルを見ると、顔を真っ赤にしてしていた。


 村に入ると思ったよりも活気があった。他にも旅人のような人がいるところを見ると、旅の休憩地としての役割もありそうだ。お店からは美味しそうな匂いもする。道具屋も見つけた。何か新しい発見があるかもしれない。

 色々と興味が惹かれるものがあったのだが、やはり周囲の視線が気になる。明らかに注目を浴びている。

 警戒しながらあたりを見渡していると、突然子供の男の子とぶつかってしまった。その衝撃で、子供は尻餅をつく。


 「ごめん、大丈夫かい?」


 手を差し出して顔を覗き込むと、その子供は泣いていた。転んだからではない。もともと泣いていたようだった。

 子供は俺の手を借りずに立ち上がり、また走り出してしまった。


 「ユウスイ様大丈夫でしたか?」

 「あぁ、俺はなんともないが、あの子供、泣いてたな。」

 「えぇ。」


 7歳くらいで、茶髪の男の子。どうにも親になってからというもの、子供の行動や表情が気になって仕方ない。後ろ髪惹かれるのような心地だったが、ひとまずは宿屋に向かった。


 宿に入ると、カウンターで店主らしき男が突っ伏して寝ていた。日本だったらありえない光景だな。

 コンコンとカウンターを叩き、店主を夢から呼び起こす。


 「んぁ、あぁ、いらっしゃい。」


 ずれたメガネを戻し、まだ夢半ばというようなだらしない顔だった。


 「二人泊まりたいんだが、部屋はあるか?」

 「1つでしょうか?」

 「いや、2つだ。」

 「んー、一人部屋は埋まってますね。二人部屋なら空きはありますがぁ。」


 ティルに視線を送ると、少し躊躇いながらも「私はかまいません。」と言った。こればかりは仕方ないことだ。我慢しよう。


 「じゃあ、その部屋で。」

 「かしこまりました。10ギルになります。」


 しまった。すっかり失念していた、白狼の里では物々交換で物を買っていたし、寝床も無償で提供してもらっていた。こちらの世界のお金のことなどすっかり頭になかった。


 「これでいいですか?」


 ティルがさっと銀貨1枚を店主に渡した。ティルを見ると左目をウインクして、「任せて」と言われたようだった。


 「はぃ確かにって、あんた獣人か???」


 店主がやっと目を覚ましたかのように目を開いて、ティルを覗き込む。少し後退りしながらティルは「えぇ」と答える。

 店主は腕組みをして俺を見る。


 「あんた相当な上物を捕まえたな?」


 ニヤッと気色悪い笑みを浮かべる。


 「どういう意味だ?」

 「どういうって、それは奴隷だろ?なかなかの容姿じゃねぇか。」


 下卑た視線でティルの全身を舐めますように見る。ティルは俺の後ろに隠れる。


 「奴隷じゃない。」

 「嘘だろ?それだと『調停』に反しちまうだろ?」


 俺は首を傾げる。


 「おいおい旦那、世間知らずにも程があるぜ。」


 と言いつつ、こほんと咳払いをして、得意げに店主は話し始める。


 「『人族と獣族の3つの調停』、人族の王と獣族の王によって定められた決まりが3つある。一つ『人族は獣族を使役する場合、奴隷としなければならない』、二つ『獣族は人族に逆らってはならない』、三つ『但し、獅子族、てん族には適応されない』ってやつだ。守らなければ獣族の王により天罰が下る。」

 「なんだそれは!」


 なんて理不尽な調停なんだ。獣族が奴隷になるのを獣族が決めたということだ。獣族の王は何を考えているんだ?


 「だから俺は旦那を心配してるんだよ。旦那がちゃんと獣族を従えられるように奴隷にするのを勧めるぜ。」


 胸糞悪い。ここまで嫌悪感を感じるのは初めてだ。


 「ティル、行くぞ。」

 「え、でも宿は・・・」

 「こんなところ、こっちから願い下げだ。」

 「おいおい、旦那金は貰っちまってるぞ?」

 「・・・くれてやる。」


 そう言い残して俺はティルの手を引いて外へ出た。


 


 

 


 

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