安っぽい言葉


「アル…」


今にも泣きだしそうな顔で体を震わせているアルの姿にエナは眉を顰める。

アルはピクリとも動かなかった。

岩床いわどこに突き付けられた短刀の柄を握りしめたままエナの頬から流れる血だけを見ていた。


「アル…?」


エナはそっと彼女の頬に手を伸ばす。


「っ…動くな!」


アルの怒鳴り声にエナはびくっとして慌てて手を引っ込めた。

その動きにアルはますます苦しそうに顔をしかめ、くぐもった唸り声を漏らす。


「アル、アルは…アルは神獣に会ってどうしたいの?」

「…神獣に認めてもらう。」

「神獣に認めてもらう?」

「神獣が私の力を認めれば、その力を貸してくれさえすれば民も貴族も私が誠の王にふさわしいと言わざるおえない。だから私は神獣に会いに行く必要がある。…そして…」


アルはゆっくりと短刀を持ち上げる。下唇を噛みしめながらエナの顔を見る。


「万一の時のためお前たちにはここで死んでもらう。」


再び攻撃が始まったものの、その剣のスピードは目に見えて落ちていた。

迷い、一度は断ち切ったもののエナの血を見たことによってまた揺らぎだしたのだ。

心の迷いは剣の動きにも現れる。

ましてやその迷いが“倒す”というそのこと自体の正当性を判断しかねていることから来ているのなら猶更のこと。

それでは相手を撃つことはできない。

とは言えエナは背中の筋を違えて痛めているので勝負は五分五分であった。


「どうしてそんなに王座にこだわるの?」


エナはぶれぶれのアルの短刀の柄を掴んで止めると聞かずにはおけなかったように口を開いた。


「どうして…とは?」

「王ってそんなになりたいものなの?大きな責任を負わなくちゃいけないし、執務に追われてしんどいし、だからと言って感謝されるわけでもない。できて当たり前のボーダーラインだけが異様に高くて、できないことが多いと無能呼ばわり。不自由でいつ暗殺されるかもわからない。なのにどうしてそこまでして…」

「なりたいんじゃない、ならなきゃいけないんだ!」


アルは彼女の手を振り払おうとするが意外にも力が強く上手く短刀を奪取することができなかった。


「ならなきゃいけない…そうだよね。」


エナは嚙みしめるようにその言葉を繰り返す。

何と言えばいいのかわからないものの名前を初めて知ったかのような気持ちだった。


「お前になにがわかる!」


アルはエナのみぞおちを蹴り上げた。

小さな体が宙に上がり、そのまま少しでっぱった岩壁の部分に打ち付けられる。


—終わった


アルは額にできた自分の汗を拭うととどめを刺すためにゆっくりエナに近づいた。

そしてその心臓目がけて短刀を突きつけようとしたその刹那


ドゴッ—


「っ…」


腕を思いっきり蹴り上げられ、持っていたナイフが舞い上がった。

そしてそのままアルの左耳を傷つけ、下に落ちる。


カラン、という涼しげな音が洞窟内に響き渡った。


「ご…ごめん。」


アルの右耳から血が流れるのを見てエナは青ざめた。


「謝られる筋合いはない。」

「でも…耳とか痛いし。なんなら腕もかなり強く蹴り上げちゃったし…」

「謝るな!」


アルは再び怒鳴った。エナは申し訳なさそうに口をつぐむ。


「謝るな、迷わせるな。私は…私には約束があるんだ、王になるという。それまでは捕まって死ぬわけにはいかない!」


頬にむかって振り下ろされた彼女の拳をエナは右手で受け止め握りしめる。


「誰との約束なの?その人はアルが人を殺して王座についても喜ぶの?」

「それは…」

「やめようよ、こんなこと。アルなら神獣にたとえ認められなくてもその人格で玉座につくことができるよ!」

「なにがわかるんだ!」


アルは叫ぶように大声を上げ、そのままエナの首を両手で絞めつけた。


「私は悪魔だぞ?貴族が、国民が、私を認めるはずがないだろう!?」

「…じゃないよ。」


息苦しさに涙目になりながらエナは首を振る。


「…アルは…悪魔なんかじゃない。」

「っ…!」


苦しそうに絞り出したエナの言葉。


無責任で、稚拙で、幼稚で、安直で安っぽい言葉。

子供向けのおとぎ話でヒーロー役が言うようなありきたりの言葉。


でもアルがずっと言ってほしかった言葉。


首を絞める手の力が弱まり、エナは激しくせき込んだ。


「悪魔なんかじゃないよ、だって…ずっと苦しそうにしてる。本当の悪魔は誰かを傷つけることを躊躇ったりなんてしない。アルは悪魔なんかじゃないよ。」


アルの胸の中で長年ため込んできたものがせきを切ったかのように溢れだしてきた。

彼女はその場にしゃがみ込むと幼い子供のように声をあげて泣いた。


エナは彼女をそっと抱きしめる―まるで壊れ物を絹で包み込むように優しく。


アルの肩越しに岩壁にもたれながらその様子を見守っていたスピーヌスと目が合った。

いったいいつからそこにいたのかは分からなかったが、その仮面の奥で緑の瞳がいつになく柔らかな光を宿しているように見えた。


「ん…んー?」


リキが遠くに避難させていたカリタスもあまりに大きな泣き声にさすがに目を覚ましたようだ。


—ようやく戦いが終わったのね


泣きじゃくるアルの髪の毛をなでながらエナはゆっくりと目を閉じた。




















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