第4話

「風見くんってサークルとか入ってないの?」


大学へ向かう道中、風見は軽く汗ばむ額を手の甲で拭った。どこか不思議な心境で歩く風見だが気まずさというより困惑の方が気持ち強い。

なぜ麻上は帰ってしまったのかと恨み言を言いながらも横目で西嶋を見て綺麗だなと思う。

そんな矢先に話しかけられたため、それがバレてしまったのではないかと動揺する。

そんな風見に西嶋は「どうかした?」と不思議そうに問うのだった。


「いやごめんごめん、はは。サークルは入ってないなぁ入る気もないし」


「入る気ないの?」


「うん。今でも十分楽しいし、それにサークル入ったらサークルばっかになっちゃいそう」


「別にいいじゃん、私今気になってるサークルあるんだけど1人だと不安だから一緒行かない?」


突然の誘いに再び動揺する風見。

ただ実際サークルに入る気がないのは本心だ。

大学生といえばサークル活動だが、今現状でも満足してる。

友達はいるしそれ繋がりで仲良くなった先輩だっている。バイトだってしてるしサークルにそこまで魅力を感じない。

それに魅力的なサークルがあると思わなかった。多分それが風見にとってサークルに入らない一番の要因だろう。

テニスサークルがテニスをしないように、風見がやりたい事をしているサークルがそれをしているとは限らない。だが人間関係を広げる事が第一目標に入るよりかは良い気がしている。

それを加味した上で考えると、風見はサークルに入らないと言う選択肢を取ることにしたのだ。

無論、食わず嫌いで入っていないわけではない。まだ麻上と仲良くなりたての時に一緒にサークル巡りをした。そのうえでの結論なのだから文句はあるまい。

ちなみに麻上もサークルには入らずにいる。だが風見と異なるのは理由で、麻上は筋トレがしたいから。という理由らしいが。

風見は全てのサークルを行くだけは行ったと思い込んでいた。だからこそ西嶋の誘いを断ろうとしたその時だった。


「写真サークル。行かない?」


その瞬間思い出されるのは1ヶ月前の麻上との会話だった。

一通りのサークルを見終わった麻上と風見。そんな時麻上が学校案内の紙を指差して風見に話しかけた。それは写真サークルに行ってみようという誘いだった。

無意識に避けていたのか風見は目にも入っていなかった。そんなサークルあったんだと驚きながらも風見は首を横に振った。


「写真とかカメラとか興味ないからいいや」


「ええーこのサークル行けば全部行ったことになるんだから行こうぜ。行くだけ」


「うーん…確かに。……でも良いや、はは」


結局のところ風見はその場を有耶無耶にして乗り切った。

そんな断片的な記憶が刹那にも満たない時間に風見の脳内に流れ込んできた。

記憶の回想を経た風見は左を歩く西嶋の方を見た。西嶋はまるで子供のような目でじっと見ていた。だが、それでも風見は動じなかった。

ただでさえ写真の存在自体を受け入れられないのに、それが好きな人達が大量にいるところに行って何が良いのだろうか。

寧ろ風見自身ストレスで死んでしまうのではないか。苦手効果がブースターとなりマイナスな印象が湯水のように溢れて風見の脳内を埋めていく。

そして風見はふっと短く息を吐いた。


「ごめんやっぱむり。行かない」


「……え?それは良いけど…やっぱって……?」


「あ、関係ないごめん、こっちの話」


脳内での葛藤を表に出して話してしまった事に申し訳なさを覚えながら、そっか。と軽く流す西嶋に安心する。

2人を包んだのは静寂という気まずさだった。否。勝手に風見が感じているだけだ。

風見はどうすればいいのか分からなくなり、空を見上げた。


「あ…」


「ん?どうかした?」


空を見上げて間抜けた顔で言葉を漏らす風見を不思議そうに問う西嶋。

風見の目線の先には薄黒い雲が空一面を埋め尽くしていた。


「雨降りそうじゃね?いそげいそげ」


「うわ、ほんとだ。予報はずっと晴れだって言ってたのに」


「予報を鵜呑みにする奴がどこにいるんだ、信用8割疑い2割で成り立ってんだから」


「なにそれ、はは。……やばいやばい!降ってきちゃったよ!」


早歩きにシフトした風見の鼻に水滴が落ちてきた。その軽い衝撃に驚きながら更に歩みを早めた。

ここ数年で梅雨の概念がよく分からなくなってきたと感じる。物凄い速さで梅雨が終わったかと思えば6月から8月にかけてまた梅雨が戻ってきたり。5年前はこんなはずじゃなかったのにと風見は思っていると西嶋がいる方から声をかけられた。


「大学付いたね、危ない危ない。せーーふ」


気付けばもうすでに大学の門を潜っていた。

ふと時計に目線を移す風見。


「やべ!始まっちゃうよ!授業!!!」


「え?えええ!?ほんとだ!やばいじゃん!」


あと30秒で始まる授業、という状況に右往左往する風見と西嶋は取り敢えず各々の場所へと走り出した。


「西嶋さん教室どこ?」


「あ、えーーとーー、2号館3階!!」


「あ、まじで?僕は新館だからここでバイバイだ」


言いながら時計を見て刻一刻と迫る時間に背中を押された。

そして軽く西嶋に手を振った風見は直ぐに振り返り新館へと走り出した。門を背中に新館は左側で2号館は右側だ。全くの逆方向に走り出す2人。その状況にどこかデジャヴを感じていた。

本腰を入れて走り出そうとしたその時だった。

新館まで屋内を通っても行けるがそんな余裕がない風見は雨に濡れながらも必死に走っていた。だがふと足を止めてしまった。

何故なら——


「風見くーーーん!!」


西嶋が呼び止めたからだ。


「なにぃ!?」


お互いの距離にして30メートルくらいだろうか。その距離にプラスして雨の音が言葉のキャッチボールにブレーキをかける。

だがそれに負けない声量で言葉を投げ合う2人。


「明日もぉー!同じラーメン屋にー!!行く!!」


「……?……分かった!!!」


風見は何も分かっていなかった。

何故そんな報告をしたのだろうか。風見自身、明日ラーメン屋に行くなんて決めていない。

だからなんなのだ。来て欲しいという事なのだろうか?

何も分からない。なのに反射的に言葉が出てしまった。


「明日僕も行くね!!!!」


言葉を言い終えてから、何故自分はそんな事を言ったのだろうと不思議でしょうがなかった。

だが、そこに時間を費やす余裕なんてなかった。


「じゃあね!!!!」


短くだが大きい声で風見は西嶋に言う。

次第に強くなっていく雨に西嶋も風見も全身ずぶ濡れだった。

それなのに西嶋は嫌な顔ひとつせずにこう言った。


「うん!!!」


お互い背中を向け合った。そして全速力で授業に向かっていった。


「はぁ、はぁ、はぁ、すぃませ…ん、遅れました…はぁ」


ずぶ濡れで教室に入る風見は既に受講していた生徒の視線を一斉に集めた。バツの悪い顔をしながら風見は教室を見渡した。すると空いてる席が一番前しかないことに気付いた。


「まじか…」


遅れてきた自分が悪いがその仕打ちは酷すぎると愚痴りながらも、抗議がいまだに止まり続ける教室内を前進した。


「ずぶ濡れで遅刻して入ってきて俺の目の前に座るって、お前は主人公か」


冷静に突っ込んだのはこの講義の教授だった。

その突っ込みに教室内は笑いに包まれた。

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