第2話
早咲きの桜のせいで葉桜が佇む春先。
風見直斗(カザミ ナオト)は期待と不安5:5くらいの心持ちで大学の入学式に参列していた。
辺りを見渡すと緊張で顔がこわばっている人も、逆に楽しみで仕方がないのか色んな人と連絡先を交換している人もいる。どちらかといえば風見は前者だ。
無論大学という、高校生では考えられないくらい自由を与えられたフィールドでの生活は楽しみだが、そこで楽しめるかどうかは全くの別問題だ。
下手すれば勉強一辺倒。なんてつまらない大学生生活を送らざる終えないかもしれない。
大学は勉強する場所という建前を、無理矢理にでも本音にすればそれも無しではないと思うが、やはり大学生といえば遊びだ。
でも。今日は友達なんてできそうにない。
今日できなければ、いつできるのだろうか?
そんな言葉が風見の頭をよぎる。
ーーそれを無理矢理かき消して、前を向いた。
着慣れた正装も数ヶ月経てば恋しくなるのだろうか。そんなの考えてもしょうがないな。そう結論付けて風見は一歩を踏み出した。
ーー瞬間だった。
「あ、あのぉー」
最初は自分かと戸惑った風見だったが、背中に触れられてそれが自分に向けられた言葉だと確信した。
落とし物でもしただろうか?そんな不安を孕みながらそっと振り向くとそこにはスマートフォンを片手に持った正装の女がいた。
見るからに自分と同じ立場だと言うことは分かったが、同時に何の用があるのかそれが全く分からなかった。だが、その答えが刹那にも満たずに出るとは風見は思いもしない。
「連絡先、交換しませんか」
「……へ?」
あまりに突拍子のない言葉に、息かも声かも分からない音が口から漏れ出た。それが何よりの証拠だ。
この女は何を言っているのだろうか。困惑に困惑を極め立ち尽くしてしまい、同時に彼女の顔を初めてしっかりと目に入れた。
肩くらいまである艶のある黒髪はヘアオイルで仕立てられていて、メイクも最低限の。だがどこか品のある女性だ。
服もその辺にいる人と同じ様な色合いなのに、どこか良い意味で崩された着こなしはこなれ感を感じれる。
「連絡先って、僕の?」
動揺を無理に飲み込んで風見は平静を装った。
すると女は片手に持っていたスマートフォンを操作して3秒後、風見に画面を見せてきた。
「QRコード?」
「うん。連絡先交換して欲しい」
「いいけど、いいの?」
「……え?なんで?」
「うーん。それは分からないけど、何となく」
「むしろこっちがお願いします。って感じだからして欲しい、かな」
「なら良いんだけど」
声のトーンとは反比例に早くなっていく鼓動がバレないかと不安になりながら、風見はスマホをポケットから取り出した。
そしてQRコードを読み取った。
「ゆ…き?さん?」
夕希と書かれた名前がそこには表示され間違ってないか恐る恐るに口に出した。
女は満足気な顔をしながら、明るい表情で句読点を打つかの様に「うん!」と返答する。
そして続けた。
「西嶋夕希(ニシジマ ユキ)って言います。よろしくね」
ニコッとした女ーー西嶋に風見も咄嗟に笑顔を作った。だが、それが無理してるとすぐわかるくらいに下手な笑顔だった事は西嶋しか知らない。
名乗られたからにはと、重い腰をあげるかのように風見も口を開く。
「風見…。よろしく」
冷たくなってしまったという後悔は、言葉が全て出きってすぐの事だった。
だが、そんな後悔も微笑んだ西嶋で全て相殺された。
それから風見と西嶋は話す事なく手だけ振って別れた。風見は校門へ、西嶋は入学式会場の方へ。何かまだ用事があるのだろうか。そんな疑問が浮かぶ風見だが、自分にも連絡先を聞いてくる様な奴なんだから、色んな人と繋がりたいのだろう。と自分とは全く異なる人種のことは理解できないと答えを出し、後ろを振り向くことなく大学の門を潜り抜けた。
校門の前に大学名の書かれた看板が立っている。そこには大量の学生が記念写真を撮っている。
親は来ているが一緒に帰るのもどこか気恥ずかしいから先に帰ると告げて来てしまったが。
記念写真なんて撮りたいと思わない。風見は写真を撮られること自体苦手なのだ。
カメラを使うより直接心に現像した方が絶対良いと思うからだ。それに、思い出に浸るやつなんて面倒臭いだけだ。過去に囚われた進化しない人間。
そう思ってしまう。
風見直斗は写真が嫌いなのだ。
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