第壱話 「普通なんかない!」


「次のお客様どうぞ。……本日はどのようにしましょうか。」

 私はいつものように、客を椅子に座らせると、好みのヘアースタイルを聞いた。

「短めにお願いします。サイドは刈り上げて、トップは少しボリュームを残す感じで、それと、もみあげは耳の中央で斜めに落とす感じでお願いします。」


 分かっている客は仕事が楽だ。

 私は言われたとおりに、客の髪をカットし始めた。バリカンを入れ、ハサミで長さを整え、シャンプーと髭剃りをして、完成である。


「いかがでしょうか。」

 手持ち鏡で確認し、客の了承を貰えれば、完了である。

「ありがとうございます。」

 客の嬉しそうなこの言葉を貰うと、やって良かったという満足感とやりがい、そして自分の腕前に対する自信と、客に対する感謝の気持ちが沸くものである。


「次のお客様どうぞ。……本日はどのようにしましょうか。」

 次の客は初めての人だ。

「普通でお願いします。」


 えっ、今なんて言った?

 私は思わずフリーズしてしまった。

 何を言ってるんだこの客は。

「お客様、すみません、どのような髪型にいたしましょうか。」

 私は、もう一度尋ねた。

「ですから、普通でお願いします。」


 普通?普通って言ったよね?普通って一体何だろう?

 私は混乱した。店長を呼ぶかどうか迷った。独り立ちしてもう数年経った自分が、今更客の注文内容が理解出来ず、店長に確認するなんて、どうかとも思ったが、私は恥を忍んで客に断った。


「すみません。お客様、今分かるものに確認取って参りますので、少々お待ちいただけますか。」


 私は、そう言ってバックヤードに向かい、店長に聞きに行った。

 それを見て、客はキョトンとした顔をしていた。

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