第五章/暗雲を裂く 1
三人は手錠と足枷に繋がれ、査問法院の護送列車に押し込まれた。貨物車両を改造した牢獄専用の車両だ。薄暗い車内に、査問法院の紋章が不気味に浮かび上がっている。
レセナとヴォルトは向かい合う形で座らされ、ロザリロンドは少し離れた場所に拘束されている。金属製の座席が体温を奪い続け、寒気が骨の髄まで染み渡っていく。監視の監査官が二名、出入口近くで銃を構えて控えていた。
列車が動き出すと、車輪の音が単調なリズムを刻み始める。ガタン、ガタンという機械的な響きが、まるで処刑台への歩みを数えているかのようだった。
しばらく重い沈黙が続いた後、レセナが小さく呟いた。
「カルヴァリアまでどのくらい?」
「半日ほどだ」
ロザリロンドが答える。
「到着すればフィアラル法院長が動く。すぐに釈放される」
ヴォルトが眉をひそめる。
「だけど、ミハエルの件はどうする? このままだと――」
「神の証人の仕業だと証明できれば問題ない。我々には猊下がいらっしゃる」
ロザリロンドが静かに言いながら、手首をわずかに動かす。施術封じの枷の内部で、髪の毛ほどの細い糸が密かに動いていた。
精霊体系で作ったであろう炭素繊維の糸だ。服に忍ばせていたのだろう。金属の内部機構を静かに破壊していく精密作業が、監査官たちの目を盗んで進行している。
「我々が知り得た情報も含めて、すべて法院長に報告する」
レセナが頷く。
「それまでは大人しくしているしかないね」
レセナは監査官たちを見やる。二人とも緊張した面持ちで警戒を続けているが、ロザリロンドの手練手管には気づいていない。
「でも、神の証人が諦めるとは思えない」
レセナは福音伝達者としての直感を込めて言った。
「ああ」
ロザリロンドの手錠が、微かな音とともに外れる。だが、彼女は外れた手錠をそのまま装着しているかのように振る舞った。戦場で培った欺瞞技術が、ここでも威力を発揮しているようだ。
「奴らは必ず何か仕掛けてくる。警戒を怠るな」
ロザリロンドがさりげなくヴォルトとレセナの拘束も解いていく。指先から伸びる糸が、医者のメスさながら精密に金属を切断していく。
ふいに、レセナの感覚が死を伝えた。福音伝達者としての超感覚が、迫り来る危険を訴えたのだ。
「伏せて!」
レセナが反射的に結界を展開した瞬間、車両の側面に巨大な衝撃が走った。金属が悲鳴を上げ、車両全体が激しく揺れる。
車両の壁に大きな穴が開き、驚愕のまま監査官が列車から放り出される。外の冷たい風が車内に吹き込んでくる。金属の破片が凶器となって車内を舞い踊った。
「狙撃か」
ロザリロンドが開いた穴から外を覗いて息を呑む。遅れてヴォルト、レセナもそれに続く。
喉の奥で悲鳴が漏れた。
「そこまでするか……」
ロザリロンドの視線の先、列車の進行方向。本来あるはずの橋が爆破されて崩落していた。奈落が口を開けて待ち受けている。
◇◆◇
遠く離れた丘の上で、双子が波動体系の狙撃施術を構えていた。ジーネの手のひらに見えない波動が渦巻いている。空気そのものが歪み、圧縮された力が蓄積されていく。
「外した」
ジーネが短く呟く。機械的な報告だった。最初の波動弾は列車の急所を逸れたのだ。
「橋、落ちた」
ニーナが同じく簡潔に状況を告げる。彼女の施術により、中央が爆破された橋の残骸が、遠くで煙を上げていた。
ジーネが再び照準を合わせる。圧縮された波動が目標に向けて放たれ、着弾の瞬間に爆発的に解放される。精密機械のような冷酷さで、次の破壊波を準備していた。兄妹は言葉を交わすことなく、完璧に連携している。
「逃げ場、なし」
ニーナの声に、僅かな満足が滲んでいた。ジーネの手から、圧縮された破壊の波動が放たれようとしている。
◇◆◇
「あと一発は耐える!」
レセナが叫ぶ。戦闘出力の施術を防御するのはさすがにきつかった。
「脱出するぞ」
枷を解き放ったロザリロンドが立ち上がる。彼女の手に炎が灯る。輻射熱すら感じない制御された白い炎が車両の外壁を瞬時に溶かしていく。
列車は崩落した橋に向かって突進していく。あと数十秒で墜落だ。車輪が刻むリズムが、死への秒読みを告げていた。
次の狙撃が着弾。
レセナの結界が粉々に砕け散る。施術の盾が崩壊すると同時に、破片が雨あられと車内に降り注いだ。三人が吹き飛ばされ、硬い床に叩きつけられる。
「次の結界が……間に合わない!」
レセナが絶望的に叫ぶ。福音伝達者としての力を振り絞ろうとするが、連続使用による疲労が彼女の集中力を奪っていた。
列車が橋の半ばに差し掛かる。機関車の前輪が、虚空に踊り出す。
その瞬間、ロザリロンドがレセナとヴォルトを抱え込んだ。
「川に飛び込むぞ!」
三人が車両から飛び出す。重力に引かれて落下していく身体が、一瞬だけ鳥のように宙に舞った。
真下には渓谷と激流が待っていた。岩肌に砕ける白い水飛沫が、死の招待状に見えた。
落下の途中、ロザリロンドが糸を放つ。髪の毛よりも細いその糸が橋の残骸に向かって伸びる。急に落下が止まり、三人の身体が糸に支えられた。
「うっ……」
ロザリロンドの呻き声が聞こえる。三人分の体重を一人で支えているのだ。
爆発音と共に、列車が渓谷に墜落していく。金属の塊が岩に砕け散る音が、谷間に響き渡った。
「大丈夫か、ロザリロンド!」
ヴォルトが心配そうに声をかける。
「問題ない」
ロザリロンドが血を滲ませた唇で答える。
糸にぶら下がりながら、レセナは実感した。冷たい風が頬を叩き、現実の重さが心に沈んでいく。
自分たちは完全に孤立してしまったのだと。
国からも、法からも、すべての庇護を失い、ただ生き延びるためだけに戦わなければならないのだと。
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