ラブコメ嫌いな文芸部部長と放課後2人きりの部室でラブコメする話
野谷 海
第1章
第1話 ラッキースケベが気に入らない
僕――
まぁ部といっても、部員は僕を含めても2人しかいないのだけれど……
だから放課後の文芸部活動では、いつも部長と2人きり。
そんな部長こと――
彼女を言葉で表すならば、成績優秀、眉目秀麗、これに尽きる。
長く艶めく黒い髪と、少しキツめの三白眼。メリハリのある女性らしい身体つきは多くの男性を魅了する。ただ、そんな完璧な部長の、唯一ともいえる欠点を僕は知っている。
彼女は、超が付く程の
その一挙手一投足がラブコメに登場するヒロインを彷彿とさせる行動の数々。本人は意図せずして僕へ向けてくる激しい喜怒哀楽の変化と突飛な発言には、毎度驚かされてばかりだ。
これは、そんな部長と僕との間で起こる、とてもとても些細な物語。
***
放課後、僕はいつものように旧校舎1階にある文芸部部室へと向かっていた。
部員の少ない我が文芸部は、部費も毎年雀の涙程度しか下りずに廃部寸前……まさに、風前の灯だった。
だから僕と部長はなんとか結果を残そうと、小説を執筆しては片っ端から文学賞へ応募する日々を送っている。
部長が純文学を担当し、僕は主にライトノベル――中でもラブコメ作品に力を入れていた。
このジャンルを選んだのは単純に個人的な趣味で、最も自信のある分野ではあったのだけれど、依然として胸を張れるような成果を出せていないのが現状だった。
もしも次の公募で一次選考すら通らなければ、部長からは執筆するジャンルを変えろとまで言われている。
これは決して早く結果を出す為ではなく、部長がラブコメというジャンルに嫌悪感を抱いているからに他ならない。
なぜそこまでラブコメを毛嫌いするのか、僕にはその理由が分からず直接尋ねてみたこともあったけれど、その際は部長に体よくはぐらかされてしまった。
部室に着いた僕が扉を開けると、部屋の中心に2つ並んだ長机の左側に置かれたパイプ椅子の傍で、部長は微動だにせず立ち尽くしていた。
おかしい……左側はいつも僕が座っている席で、部長の定位置は右側の筈なのに。
でもその疑問はすぐに解ける。部長が仏頂面で睨みつけていた一冊の本――あれは昨日、僕が家に持って帰るのを忘れてしまったラブコメ小説だった。
僕に気付いた部長は本に向けていた剣幕そのままで視線をこちらに移すと、問い詰めるように言う。
「佐藤君、あなたまだこんなものを読んでいるの?」
「でもそれ、すごく面白いんですよ?」
「信じられないわね。それに、このタイトルからして汚らわしいじゃない」
「『特殊スキル――ラッキースケベを手に入れた俺は学園の美少女四天王を無双する』のどこが汚らわしいんですか!? 男の理想が詰まった名作なんですから!」
「こんなものが理想だなんて、あなたは今まで一体どういう教育を受けてきたのかしら」
冷たく突き放すような、溜息混じりの呆れ声。
「そういう部長だって、この前かなりエグい内容の小説読んでたじゃないですか!」
少しイラついてしまった僕の反論にカァっと頬を染めた部長は声を荒げる。
「あ、あれは純愛だからいいのよ! 確かに何人かと関係を持ってしまいはするけれど、最後にはちゃんと1人を選んで結ばれるのだから!」
「それはそうとしても、プレイの内容がどれもドギツくて僕は最後まで読めませんでしたよ」
「さ、佐藤君は、アブノーマルよりもノーマルなプレイが好みってこと……?」
部長は突然モジモジとしおらしくなった。
「いや、僕童貞ですからまだそういうのはよく分かんないんで……そりゃ、初めては普通がいいなとは思ってますけど」
「へ、へぇ……そうなのね……」
「どうしたんです部長? 顔が赤いですよ?」
「そお……? 今日は暑いからかしら……」
「確かにもう9月も終わりなのにまだまだ暑いですね。窓開けましょうか?」
「いえ、自分で開けるわ……それよりこの小説の話だけれど、大体ラッキースケベってなんなの!? そんなご都合展開が現実で起こりうる筈ないじゃない」
そう言って彼女が僕に背中を向けて窓の方へと歩き出した刹那、僕の目に衝撃の光景が飛び込んでくる。
――パンツの中にスカートが挟まっていた。
清楚な純白おパンティーがこんにちはどころか、おはようからおやすみまでの全てを曝け出している。
僕の抱いていた部長に対するイメージとは少し異なり割と地味目な下着だったけれど、その安産型で魅惑的なヒップラインに、思わずゴクリと息を呑んだ。
「部長、スカートの後ろが、ぱ、パンツに巻き込まれてます……!」
「えっ……!?」
部長は慌てて首を後ろに回して状況を確認すると、すぐさま踵を返して下着を隠した。
恥じらいながら手を後ろに回しスカートを直す仕草がどことなくイヤらしくて、僕は咄嗟に目を逸らす。
「すみません……でも僕、チラッとしか、見てませんから……」
――嘘である。
てっきり下着を見てしまったことを強く責められるのかと思っていたけれど、部長は両手で顔を覆いボソボソと呟き始めた。
「なんで今日に限って……私のバカ……」
「え……今なんか言いました?」
「あ、あのね佐藤君、いつもは……もっと色気のある下着なのだけれど、今日はたまたま……で、だ、だから違うの、勘違いしないで!?」
一体何を言っているんだこの人は?
「えっと……僕は何を勘違いしなければいいんです……?」
「だ、だから、私はもっと大人の、佐藤君が欲情を抑えきれないような下着を沢山持っているってことよ!」
「はぁ……?」
本当に、彼女は何を言っているんだろう。
それにしてもこの人はやっぱり、ラブコメ体質にも程がある。この地球上にラッキースケベは確かに存在すると、早くも自らの手で証明してしまったじゃないか。
言葉の真意が分からず僕が呆けていると、部長はなぜか焦ったように早口で捲し立てる。
「もしかして佐藤君……女性の下着に興味がないの!? まさか、穿いていないのに興奮するとか……? それとも男性が好みだったり?」
「部長……さっきから何を意図しているのか分かりませんが、僕にどんな反応を求めているんですか?」
「……じゃあ言わせて貰うけれど、これがあなたの好きなラッキースケベだというのに、どうしてもっと喜ばないの!?」
部長は苛立ちを顕にして地団駄を踏んだ。
「そこっ!?」
「やっぱり、私のじゃ不満ってこと……?」
湿り気を纏った2つの黒い瞳が、悲しげにこちらを見つめている。
焦った僕は、つい本音を漏らす。
「いや、正直ラッキーだなぁっとは思いましたよ……? 部長は美人ですし、スタイルも抜群にいいので、とても貴重なものを目に焼き付けさせて頂きました……」
「そ、そう……それならいいのよ……」
「え、いいんですか!? 普通こんなこと言ったら怒りませんっ!?」
照れたような顔つきから一転、部長は知らぬ間にキリリとした凛々しい外面を取り戻していた。
この短時間で一体いくつの感情が垣間見えたことだろうか……恐ろしきかなラブコメ体質。
「私は佐藤君よりもひとつ歳上だから、これが大人の余裕かしらね」
「さっきまでパンツ丸出しだった人に大人の余裕を語られても……」
「とにかく、この本はしばらく私が預からせて貰うから」
「な、なんでですかっ!?」
「それは勉強……コホン……じゃなくて、佐藤君には悪影響だからよ。さぁ、部活動を始めましょう?」
――これが、慌ただしくも退屈を知らない、僕らの日常だった。
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