第1話 ホームレス卿

 陽の下に出た瞬間、目を細めた。路地裏の

薄暗さが嘘のように、街は色と音に溢れていた。


僕はこれから手紙の主の住所へ向かおうと思う。


手紙の中には、純粋な愛の言葉やら、

"あなたを待っている"

なんて、ありきたりでなんともクサイセリフが

あったもので。なんだか逆に興味が湧いてきた。


陳腐でありながらも、逆にそれが魅力的だった。


頑張って振り絞って書いた、恋文みたいな。

淡いものに心を躍らせる。

待ってくれているのなら、

その人物と会ってみたいと思う自分がいる。



......ただ、現在地が分からない。



車のクラクション、歩道を急ぐ人々の足音、

遠くで鳴るサイレン。全てが頭の中で

ぐちゃぐちゃに混ざり合う。


何もかもが明るいこの街はどうやら、

まるで場違いな僕を包み込む。包帯みたい。


しかし、それは決して優しくはなかった。

この身を焼き尽くす灼熱に思われた。

それはミイラのような気分であった。

いやリビングデッドというべきかな?


生者の行進、陽気な音楽、それら全部が

僕を丸ごとひっくるめて押し潰す。


......そんな妄想をしてしまった。


実に面白い。


なるほど、僕は元来ネガティヴな人間らしい。


少々、街の色々に戸惑ってはいたが、

人の流れというものをすぐに見つけたので、

それにそって歩いてみることにした。


......都会だというのは、わかる。

しかし、この都市の名前は知らない。


そのまま歩いてみると、やけに貧相なおじさまが

その場に座り込んで物乞いをしていた。


たばこをふかしながらじゃ、

誰も恵んじゃくれないだろうに......


もしや、これが"ほーむれす"ってやつかな?

妙にシンパシーを感じたので、隣に座って、

話しかけてみることにした。


......興味本位ってやつだ。


「こんにちは!おじさん。」

「今日はやけに暑いねぇ...太陽が燦燦としてね?ああ、ほんとにやになっちゃいますよね。」


とりあえずそれっぽく、ありきたりな

言葉を吹いてみた。当たり障りのない、

パーフェクトなコミュニケーションであろう!


「んあ?あんた、臭いな。」

「......ホームレスか?みずぼらしいやつめ。」


おじさまは、しわだらけの手で鼻をつまみ、

あごをしゃくって僕を値踏みする。


バッドコミュニケーション......。

礼儀がないおじさまだこと。

この街に見合わない人間がもう一人いたようだ。


「お互いさんだろ?」


「おう、そうか......じゃあ黙れ。」


そう言ってから、煙草の火をやたら大げさに

吹かした。白い煙が僕の顔にまとわりつく。


僕は喋ることを禁じられた。

彼はたいそうお偉い人なんだろうね。


ホームレス式の冠位授与式でも

やってあげたい気分だ。

ホームレス卿に任命してやろう!


口の悪いおじさまは、ポケットから

新しいたばこを取り出し、

左手のライターで火をつける。


なんだかお酒臭いし、たばこも持ってる。

お金がないくせに贅沢だなぁ。


都会の喧騒の中、僕たちの隙間には

固形化したみたいな沈黙がある。

氷みたいなそれである。


「......おい。」


おじさまがふてぶてしく、それでいて

少々心配するかのように言葉をかけてきた。


「......」


「もしや、黙れて言ったの気にしてるんか?」

「......喋ってええわ、この偏屈人間め。」


僕はよっぽど偉いのであろうホームレス卿の

おじさまに、話すことを許された。


「......ああ!いい天気ですね!」


「......やっぱ黙れ。」


コミュニケーションというものは難しい。


「まぁ......なんや、あれや。」

「あんたも色々あったんやろ?」

「俺もそうだった......社長やってたんやで?」

「もう十年くらい前やけど。」

「色々あって倒産してもうたんや。」

「まぁ......"色々"な?」


へー、とでも相槌くらいはうってやろうと、

ほんの少しだけ思ったが、口を開くことを

またまた禁止されてしまったので、

それを免罪符として有効活用しようと思う。


「またか、めんどくさいやつやなお前も。」

「......口開いてええわ。」


僕はお利口さんなので、

ホームレス卿の言う通り、口を大きく開いた。


「違う!そうじゃない!喋っていいって意味!」


日本語は難しいなと思う。


「へー。」


「何がへー、じゃ。話聞いてたんか?」


「それはもちろん。」


僕はお利口さんなので、

話くらいは片方の耳で聞いている。ただし、

内容はもう片方の耳から垂れ流している。


「かくかくしかじかで、コレコレウマウマ。」

「......ってことでしょう?」


「一切聞いてないやんけ!」


僕はどうやらお利口さんではないらしい。

なかなか真剣に怒られてしまったので、

少し落ち込んでしまった。


ああ、僕は本当に会話のセンスがないようで。


「ああ、そういえば!」

「ここは、何という街なんです?」


「はあ?天下の台所、大阪やんけ。」

「そんでこの街こそが梅田じゃ!」

「頭のネジでも飛んでもたか?」


大阪の梅田、なるほど。

住所は、なかなかに遠い位置にあるが、

お金がないので徒歩しかないか?


いや、お金がないなら......


僕は、おじさんの左手側にある。

たいそうお金が貯まった缶をみる。



......おじさまを殺せばいいんじゃないか?



いや、さらう方が手っ取り早いか?



───え?


まさか、僕がそんなことを考えてしまおうとは。

捨てきれずに、持ってきてしまった

冷たい拳銃を思い出す。


おじさまが何か話しかけているようだが、

何も聞こえはしない。それどころではない。


......やはり、私は犯罪者だ。


なんというか、その、あれだ。

とても、陳腐な感想になってしまうが......



───ヤバい。



いや、怖い。

ここまで、落ちぶれた人間だとは思わなんだ。

自分の正体がひどく恐ろしい。


"殺す"という手段が、選択肢として平然と、

さも当たり前のように僕の脳内にある。



───僕は一体何をやらかした?



「おい!......おい!」


おじさまが僕を呼ぶ。真横にいるというのに、

それはそれは大きな声で。


心配してくれているのだろう。


ホームレス卿......あながち間違いではない。

私なんかより、遥かにできた人間だと思う。

たしかにそうだ。


こんな煌びやかな街の中で、

僕のような人間は、ドブに住む小バエ、もとい

ユスリカみたいなもの。実は、

この街は綺麗な湖なんかじゃなくて、


僕のせいで汚いのかもしれない。


いや、違う。


この街も所詮、ドブに過ぎないのかもしれない。

なんせ小バエ、もといユスリカというものは、

汚い水辺を好むからである!


道の端っこを見ると、空き缶やら

そんなものが律儀に立ててあった。

まさに、今の僕だった。


「おい!!!」

「何があったか知らんが......あんた、

今にも誰か殺しそうな顔してるで?」


とりあえずは聞いておこう。


「聞きたいことがある。」

「和歌山にはどうやって向かうのがいい?」


「は?和歌山行きたいんか?」

「まぁ、どこの市町村に行きたいか、」

「やけどな、まぁ連れてったるわ。」


頭をボリボリと掻きながら、

お安い御用!と言わんばかりに、

できもしないことを言ってみせる。

なに言ってるんだ、このおじさまは?


「お前、俺をただのホームレスだとか

なかなかに舐めてたやろ?思ってたやろ?」

「なぁに、ちゃんと手段はあるぞ。」

「"車"じゃ。」


車?......二輪車じゃないよな?


「CROWNや。近くの駐車場に停めてある。」


「おじさん、ホームレスじゃないんですか?」


「失礼やな、趣味でホームレスやってるだけの」

「......ただの作家や。」


......つまるところ、彼はただの変人だった。


「社長がうんちゃら言ってましたよね?」


「んー......ああ、嘘や。」


この男は嘘つきだった。

さきほどの車についての話も信用していいのか?


「はぁ...ちなみに、なんで?」


「なんかカッコイイやろ?」

「元・社長って肩書き。色々な事情ありげで」

「訳ありって感じはやっぱカッコイイからな!」

「ってかあんた、ちゃんと聞いてたんかい!」


もちろん僕はお利口さんなので、

彼の話はちゃあんと全部聞いてる。


それから、

彼がいうには、ホームレスというものを

自身の作品で描写したかった。

なので、自ら体験しようとしていた......らしい。


僕を和歌山まで送り届けるというのも、

興味本位。作品の肥やしにしたいらしい。

ああ、僕はなんとも幸運だ!

彼を殺さなくてよかった!


彼の言う通り、駐車場には

白いトヨタのCROWNがあった。

新品らしく、彼の貧相な風貌に見合っていない。

まあ、そんなことはどうでもいい。


眩しい陽射しが僕たちを監視する。

ビル群やアスファルトから視線が反射して、

そのやけに暑い視線が体に刺さり、暖かくなる。


......うーん、多分。祝福してるんだろう!


それなら、やっぱいらない!


くわばら!くわばら!くわばら!

殺人鉄の冷たさが、割と心地よく感じる。

ハレルヤ!ハレルヤ!いいね!


私に祝福は必要ない。



......なにが?



早速、僕達は和歌山へと向かうことになった。


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