第27話 卑劣な攻撃
「ついさっき、私のスマホにこのメールが送られてきた」
職員たちが慌ただしく出口に向けて動く中、リヒターはスマホの画面をバーンズに見せた。バーンズはスマホを受け取る。
そこにはこう書かれていた。
〝『PBI』のテラスにどでかい爆弾を仕掛けた。お前たちに見つけられるか?〟。
「これも『ヴェンデッタ』の仕業だろうか?」
「分かりません。とにかく、局長も避難を。爆弾の捜索は、処理班に任せましょう」
「待って下さい」
バーンズからスマホを取り、アーシャは画面に目を走らせる。
自分の頭に浮かんだ考えを検討しているようだ。それはほんの数秒の間だった。アーシャはスマホをリヒターに返し、
「爆弾の場所が分かったかもしれません」
「なに?」
「どこだ?」
リヒターとバーンズはほぼ同時に訊く。
メールにはこう書かれている〝『PBI』のテラスに〟と。だが、カフェじゃあるまいし、『PBI』にテラスはない。
しかし、職員たちがそう呼んでいる場所は存在する。
それは四階のカフェテリアだった。自動販売機やコーヒーマシン、電子レンジなどが置かれ、食事をとるためにテーブルやイスもいくつか置かれている。壁を大きく切り取った窓からは、いい眺めを一望できる。
「……確かに。可能性はあるな」
「なら、さっそく確かめよう」
リヒターが動こうとしたのを、バーンズは肩を掴んで止めた。
「待って下さい」
「なんだ、なぜ止める?」
「テラスには我々が行きます。先ほども言いましたが、局長は避難を」
リヒターはそれに反発した。しかし、バーンズも譲らない。静かに首を横に振る。
「確かにあなたは『PBI』の局長だが、捜査官ではない。民間人です。捜査官として、民間人を危険に晒すわけにはいきません」
リヒターも食い下がったものの、結局勝利したのはバーンズだった。
うしろ髪を引かれる表情をしながらも、リヒターは避難を開始。バーンズとアーシャはテラスに向かった。
「ここに爆弾を仕掛けるとしたらどこでしょうか?」
「そうだな……」
バーンズは素早く視線を走らせる。
自動販売機、コーヒーマシン、電子レンジ、イスにテーブル、ソファー、それに……
「あそこだ」
バーンズが指さしたのは、リヒターの私物である名画の下に置かれているテレビ。を置いている棚だった。
小走りで向かい、両手で両開きの扉を引き開ける。そこには……
「あったぞ。爆弾だ」
黒い段に、真空管から色とりどりのワイヤーが複雑に絡み合っている。
「処理班に伝えます」
「いや駄目だ。もう間に合わん」
爆発までのリミットは、もはや残されていなかった。
表示された数字は六十を下回り、どんどん下がっていく……
「ボス、ここから離れましょう。早く!」
「そうだな。処理班を待ってる暇も、自分で処理する時間もない。全速力で走れ」
その時だった。
表示された数字が、勢いよく減っていく。
「なっ。おい……っ!」
そしてそれがゼロとなり、
反射的に、バーンズはアーシャを守ろうと巨体を盾にした。
アーシャは身を屈め爆風から顔を守ろうと腕を交差させる。が、
……………………。
カチコチと、時計の秒針の音が聞こえる。
いくら待っても、衝撃が体を襲うことはない。次第に体から力を抜き、目を開ける二人。
「なに? どうなったんですか?」
珍しく不安そうなアーシャの声。バーンズは軽くその華奢な体を叩き、爆弾のもとへ歩いて行く。
「どうやら、これは偽物だったらしいな」
言われてアーシャも覗きこむ。するとそこには、表示が一で止まっている爆弾があった。それがゼロになることは、いくら待ってもなかった。
「やれやれ。まんまと踊らされたな」
ふぅ、と息を吐くバーンズ。
だが、アーシャの胸騒ぎはまだ続いたままだった。
確かに爆弾はダミーだった。だが、これで本当に終わりなのか? 思い出せ、リヒターに届いた声明文を。
〝『PBI』にどでかい爆弾を仕掛けた〟……。
駄目だ。分からない。もうすこし、あとすこしで正解に届きそうなのに。
そうだ、こういうことはあの男の得意分野だ。アーシャはスマホで電話をかける。出るかどうか不安だったが、相手はツーコールで出た。
『アーシャ、おかげ様で釈放されたところだよ。ついでにお願いなんだけど、迎えに来てくれないかな? タクシーは金がかかるからね。かといって歩くのは面倒だし暑いし……』
「ジョンさん」
無理やり言葉を遮ると、アーシャは早口で続ける。
「お願いがあります。力を貸してください」
『アーシャが僕を頼った』
からかうように言われるが、いまはそんな軽口に付き合っている暇はない。
矢継ぎ早に事情を説明する。異常事態を察したのか、ジョンが茶々を入れることはなかった。
「ダミー以外にも爆弾はあると思いますか?」
『リヒターの車は調べた?』
「局長の? いいえ、なぜです?」
『〝どでかい爆弾〟ってことは、車でしか運べない。「PBI」じゃ、いまは車は検査を受けるが、襲撃をうけたリヒターの車は例外だ。不審物のチェックもすっ飛ばして敷地に入ってきたはずだ。今朝の襲撃はこのためだよ。間違いなく、リヒターの車に爆弾がある。簡単だ』
確かに筋は通る。むしろそれ以外考えられない。
「ボス!」
アーシャがバーンズにこのことを伝えようとした、まさにその直後、
なにか、とてつもなく大きな音が、アーシャの鼓膜を震わせた。
同時に、顔面を殴られたかのような衝撃を受け、全身が叩きつけられたかのような痛みを受けた。
息苦しい。視界も覚束ない。それだけではない、耳も急に遠くなったようだ。世界が、急に感じられなくなった。
なんだこれは。一体なにがどうなって……
爆弾。
思考の隅に、先ほどまで議題に上がっていた単語が思い浮かぶ。
まさか――
しかし、答えに辿り着こうと思考を働かせればするほど、アーシャの意識は闇に呑まれていく。
闇の中、誰かが自分の名前を呼んだ気がした。だが――
声の正体に気づくよりもまえに、アーシャの意識は完全に闇に落ちた。
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