第13話 バージル・バーンズ③

「退屈だな」


 ある日。


 いつものように事件を解決した後、バーンズのオフィスにあるソファーに寝そべり本を読みながら、ジョンはつまらなそうに言った。



「超能力犯罪ってどんなものかと思えば……面白味がないよ。どれも簡単に解決できる」


「事件を解決して善人を助けてる。それで十分だろ」


「どうかな。裁判で死人は戻ってこないし」


 そこでジョンはソファーに身を起こして本を閉じ、あくびを噛み殺しながら続ける。



「大体僕らになにができる? 君の言う善人をいくら助けたところで犯罪は無くならない。虚しいよ」


「お前には捜査はゲームかもしれないが、被害者にとってはそうじゃない。すこしでも彼らの慰めになることをするのが、俺たちの仕事だ」


「君の、仕事だ」


 ジョンはバーンズを指さして言った。


「僕はコンサルタント。被害者のケアは管轄外だ」


 バーンズはなにも答えず、軽く手を振って会話を終わらせた。



 この男は、ときどきこういうことを言う。


 ジョンにとっては、この世界で起こる全てのことが、最初から分かり切ったことなのかもしれない。だから退屈だし、面白味もないのだ。


「本当は君もそう思ってるんじゃない?」


 構わず書類仕事を続けるバーンズだが、ジョンも構わずに続ける。


「君は元軍人だ。君にとっては管理職会議なんておままごと同然。銃をぶっ放して、みんなに現実を教えてやりたいんじゃない?」


「確かにそうだな」


 バーンズは書類から顔を上げて言った。


「いまはお前に教えてやりたい気分だ」


 その言葉がおかしかったのか、ジョンはクックと笑った。



「ジョン」


 低い声が、笑い声を遮った。


「海兵隊に元隊員はいない。俺は捜査官だし、軍人だ。軍人ってのはリアリストなんだよ。私情では動かん」


「なるほどね」


 さも納得したように呟くと、立ち上がったジョンはバーンズのデスクまで歩き、その上に手を乗せ静かにバーンズを見据えた。



「確かに君は軍人然としているしリアリストだ。捜査官としての能力も申し分ない。だが私情がないってのは嘘だ。僕じゃなくても分かるよ」


「どういう意味だ?」


「分かってるだろ」


 そう、分かっているのだ本当は。心の底では。


 だからこそ、毎日が苦しく、ダメなのだ。


 バーンズには、まるで毎日が深海で暮らしているかのようだった。



「その時が来たら、君がどんな答えを選ぶか、僕には手に取るように分かる」


「俺を理解するには百年早いぞ」


「じゃあ賭けるか?」


 それだけ言って、ジョンはオフィスから出て行った――



 一人残されたバーンズは、静かにため息をつく。


 人の心に土足で踏み込んで荒らしていく。本当にムカつく男だ。だが……



 ――私情がないってのは嘘だ。


 ――その時が来たら、君がどんな答えを選ぶのか、僕には手に取るように分かる。



 立ち込める暗雲を、バーンズは頭を振って振り払う。


 ジョンと仕事をするのはいい。それはトラブルを引き受けたようなものだ。


 しかし、心の奥底にはそのような曖昧なものではない、確かな理由があった。


 この男と共にいれば、いつか必ず妻子の仇に辿り着ける。


 その時、果たして自分はどんな行動に出るのか……


 バーンズが抱いているのは、人類にとって最も根源的な感情――即ち、恐怖。


 自分自身への恐怖であった――




「ボス!」


「っ!」


 一瞬にして視界が晴れた。思考も明瞭になっていく。


「大丈夫ですか?」


 紡がれた言葉で、さっき自分を呼んだのがアーシャだということに気づいた。



「ああ、問題ない。ちょっとボーッとしてただけだ」


「その割には汗かいてるけど」


 と、これはジョンの言葉だ。彼にしては珍しく、からかいの色はない。


「夏だからだ」


「ここ、病院の中だよ」


 その言葉で、いま自分がどこにいて、どんな状況なのかを思い出すことができた。


 独特の薬品の匂い。白衣を着た人間たちが忙しなく動いている。



「暴れてた奴は? 目は覚ましたか?」


「死亡しました。死因はドラックの過剰摂取です」


「ドラックだと? おいおい、まさか暴れてたのもそれが原因だってんじゃないだろうな?」


「いえ、超能力者であることは間違いありません。『海上都市』の住民票にも、そう書かれていました。ただ……」


 アーシャは一度言葉を切った。チラリと視線を走らせた先にはジョンの姿がある。


 一呼吸置いて、続ける。



「死亡した男性は、『ネモ』事件二番目の被害者遺族です」

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