第6話 アーシャの災難

 目を開いた理由。それは動物的勘というか、本能からだった。


 いままでに積んだ訓練と経験が、アーシャを夢から現実へと引き戻したのである。


 時計を見ると朝の六時を回ったところだった。寝室にいても、リビングから物音が聞こえてくる。このアパートにはもう一人同居人がいるが、その人物はいまいるはずがない。ということは、招かれざる客ということだ。



 アーシャはベッド脇のちいさなタンスの一番上の引き出しから銃を取り出すと、音を立てぬよう寝室から出た。


 リビングに近づくにつれて、物音は大きくなっていく。ドアまで近づくと、アーシャは慎重に室内の気配を探った。どうやら、侵入者は一人らしい。それなら問題はない。自分一人で対処できる。



「私は『PBI』のカーチナ捜査官です。ここは私の部屋で、銃を持っています。両手を上げて待ちなさい」


 呼びかけても、室内の気配は動揺した様子など微塵も見せない。それが、アーシャの警戒心をより強くした。


 ちいさく息を吸って吐く。それからドアノブに手をかけ押し開けると、勢いよく室内に滑り込んだ。そのまま気配に向けて銃口を向けると、



「やあ。おはよう、アーシャ」


 予想外の声がアーシャを出迎えた。


 スラリとした長身の、色白で線が細い黒髪くせっけの男。まだ早朝だというのに揃いのスーツを着ている。ただし、ズボンの上はベストのみであった。


「ジョンさん……?」


 アーシャは信じられないと言ったように呟いた。


 当然である。目のまえの男は、保釈金百万ドルを科せられ拘留されているはずなのだから。



「ここでなにしてるんですか?」


「見ての通り卵を焼いてる。朝食の準備だよ……って、おいおい、朝からなんて物騒なもの向けてるんだ。下ろしてくれよ」


 呆れた声で言われるが、アーシャは未だ状況について行くことができない。


「どうしてここにいるんですか?」


「どうしてって、当然だろ? ここは僕の部屋でもあるんだから。帰ってきたはいいんだけど、お腹すいちゃってさ」


「それで朝食を?」


「ああ。もうすぐできるよ。君がコーヒーを淹れてくれたら、もっといい朝食になるんだけどな」


 笑顔で言うジョンに対し、アーシャの表情は実に険しいものだ。


 しかしそれは、ジョンしか気づけないほどの些細な表情の変化であった。




「それで、どうやって脱獄したんですか?」


 食事を終えると、アーシャはコーヒーを飲んでいるジョンを見て呆れたように言った。


「おいおい、ひどいな。そんなことしないよ。マフィアのチクリ屋殺しを請け負ったんだ」


 おどけてみてもアーシャの表情が険しいのを見てとると、ジョンはため息をついて肩をすくめた。


「マフィアのボスたちがやってたポーカーで巻きあげた。あぶく銭だよ」


「ボスは知ってるんですか?」


「ていうか、バーンズにここまで送ってもらったんだ。君に電話しようかと思ったけど、君は寝起きは機嫌悪いから。今日だって撃たれかけたし」


 一瞬バツが悪そうになったアーシャだが、すぐに気を引き締める。



「低血圧なんです」


 再びバツが悪そうになるアーシャ。だが、心配していた問題はなにも起きていないらしい。その点はよかったと言えるだろう……

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