注:立花八尋は怖い話NGです。
べるざき
第1話 マンガを読んでただけなのに
ゴールデンウイークも終わり、クラス替えのそわそわした空気がすっかり消えた五月の半ば。
比良坂(ひらさか)高校の校舎に、いつも通り昼休みのチャイムが鳴り響いた。
早くも気温二十五度を超えるおかげで豪快に開けた窓から、風と共に一階の購買で始まった争奪戦の声が流れ込んでくる。
二年B組の教室からも何人かの生徒が購買に向かって飛び出したが、中の一人が教室の途中で足を止め、窓際一番後ろの席に座ったまま動かないクラスメイトに声を張り上げる。
「立花(たちばな)、行かねえの!? 今日たこ焼きパンの日だぞ!?」
「無理無理無理! 今それどころじゃねえから!」
手の中のスマホを凝視したまま大声で返したのは立花八尋(たちばな・やひろ)だ。
八尋が、時間をかけてセットした自慢の金髪が風に乱されるのも構わず、昼食が抜きになることも厭わず見つめているのは、人気のマンガアプリである。ランキング1位の『初恋レインドロップ』にドハマりしているのだ。
前回ラスト――ヒロインが好きでも無い男子に呼び出され、一方的な告白を受けているところを本命男子に見られてしまい……!? というヒキから二週間待ちに待った更新。
続きが気になって仕方ない八尋は、まず目を閉じて深呼吸をした。スマホを持つ手に力が入り、いざと画面をスクロールしようと指を伸ばした瞬間、またしても教室中に声が響いた。
「八尋、助けて!! 大変なの!!」
声の主は隣のクラスから駆けこんできた天崎双葉(あまさき・ふたば)だ。
双葉は並居る女子をさしおいて校内一かわいいと噂されるほど可愛らしい男子だが、中身は学年で一、二を争う問題児でもある。
そんな双葉のお騒がせはいつものことだと、八尋はあえて気に留めずスマホに集中しようとしたのだが、残念ながら双葉のほうが上手だった。
猛ダッシュで八尋の席まで走ってきた双葉は、八尋の肩を掴んでがくがくと揺さぶり強制的に意識を向けさせるという手段をとる。
「ねえ聞いてよ! 大変だって言ってんじゃん!」
「それどころじゃねえって見てわかるじゃん!?」
物理的な妨害に屈した八尋は、ついに顔を上げて反論した。手の中のスマホはまだ未練がましく一ページ目を表示しているが、双葉はおかまいなしに頬を膨らませてみせる。
「ひどいよ! 八尋は、マンガと双葉どっちが大事なの!?」
「急に彼女みてーなこと言うなよ!」
「ロクにいたこともねえくせによく言うなお前」
ぼそりと低い声で割り込んだのは、八尋の前の席で昼寝をしていた松村七成(まつむら・ななせ)だ。
道行くお年寄りをたじろがせる目つきの悪さを発揮してじろりと八尋を睨んだ七成は、眠そうに大きなあくびをして首をばきばきと鳴らしている。
「一番ひどいのお前だわ。なんでそんなこと言うんだよ」
立花八尋、高校二年生。気合の入った金髪にピアスと派手な見た目だが、恋愛の二文字には幻想を抱いているお年頃だ。今は付き合っている相手はいないが、いつか出会えると夢を見ている。
突然のディスりにジト目になる八尋をいなすように七成は言った。
「人の昼寝邪魔するほうがひでえだろ。うるせえな、お前らは」
「昼寝っつーか、もうフツーに睡眠だったじゃん。起きてたの一限のしょっぱなまでだったじゃねーか」
「眠気には抗えねえだろ。寝たの四時だぞ」
「うわキッツ。何してたんだよ」
「しょうもねえ話に付き合わされたり、いろいろな……」
ぼやく口ぶりだが、それ以上は話すのも面倒だという空気を出す七成に、八尋は身を乗り出した。
「なんだよ。七成が付き合ってやるとか超珍しいじゃん。どんな話だよ?」
「ちょっと八尋! 先に双葉の話聞いてよ!」
とめどなく雑談を続けようとする二人によって蚊帳の外に追いやられていた双葉は、薄い桜色のふわふわした髪を揺らして抗議する。
悪気はなく、ただただ話の流れで失念していた八尋は、そういえばそうかと窓に背中を預ける体勢をとって双葉のほうを向いた。
「そんで? 何が大変だって?」
「どうせまた補習になったとか、その程度だろ」
「マジかよ。双葉この前も呼び出されたばっかじゃね? また小テスト赤点だったんか?」
「赤点だけど! 今それ関係無いから!!」
せっかく修正されかけた話の軌道は、七成の適当なヤジであっという間に逸れた。
触れられたくない話に触れられた双葉は机を叩いて大きな音を出し遺憾の意を示す。
「そんなことどうでもいいの! 四葉が大変なの!!」
「四葉が?」
意外な名前に八尋は眉を寄せ、背後にある窓の外に視線を向けた。
二年B組の窓からは、道路を挟んで隣接する比良坂小学校が見える。
四葉というのは、その比良坂小学校に通う双葉の弟だ。
現在、小学校三年生。順調に生意気な小学生男子としてスクスク成長している四葉と八尋は、双葉を通じての繋がりや、諸々となんやかんやがあったため仲が良い。
その四葉がどうかしたのかと首を傾げる八尋に、双葉は口を尖らせて説明を始める。
「なんか四葉、隣のクラスに好きな子いるんだって」
「あー、カエデちゃんな?」
「は? なんで八尋が知ってんの」
「この前聞いたから」
「双葉は知らなかったのになんで!? 意味わかんない!」
「そんなこと俺に言われても!」
なぜなのかと言われれば、四葉本人から絶対内緒だと打ち明けられているからなのだが、双葉が聞きたいのはそういうことではない。
自分には言ってくれなかったという苦情と八つ当たりが本格化する前に、七成が面倒そうに話を進める。
「で? お前の弟が惚れてる女子がいるからなんだってんだ?」
「告った? もしかして告ったんか!?」
リアルなコイバナに目を輝かせる八尋は、背後にある小学校の校舎と横に立つ双葉の交互にそわそわと視線を向ける。
双葉はその様子にぶすくれながら言葉を続けた。
「告ってない! けど……ラブレター書いたんだって」
「マジィ!? あいつやるじゃん!」
テンションが上がりすぎて限界まで目をかっぴらく八尋の横で、仏頂面にも見える無表情の七成がぼそりと呟く。
「後に残るもんとかよくやるな……。せめてメッセージでよかっただろ」
「残るからいいんだろ! 思い出だろ! 手書きだからいいんだろ!」
「十年後くらいに後悔すんだろ、どうせ」
「しねーよ! お前ほんとわかってねーな!」
「………………ほーう」
「何だそのカンジ!? いやもういいわ、お前どころじゃねーわ! そんで! 四葉のラブレターは!?」
明らかに何か言いたげな視線を向ける七成を放り出し、八尋は双葉に問いかけた。
八尋の勢いを受けた双葉は、机を両手で強く叩き言い放つ。
「取られちゃったの!」
「取られたあ!? 誰に!?」
※この作品は連載中です。更新は10日〜2週間に1話を目安にしています。
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