第5話 戸川 雄生(とがわ ユウ)②

 私たちは静かに村を後にして、誰も言葉を交わすことなく車に乗り込んだ。帰り道は、まるで時間が止まったかのように、誰一人として口を開かなかった。沈黙が車内を支配し、重たい空気が漂っていた。カズが運転席に座り、ショウタが助手席に身を預けている。後部座席にはミサとキョウ、そして真ん中に私。ミサはあの人形を膝の上に乗せていて、指先でそっと撫でていた。キョウはずっと窓の外を見つめていて、何かを探しているようにも見えた。私はただ、黙って座っていた。何も考えられず、ただぼんやりと座っていた。あの村の異様な静けさと、人形の目が、頭の中にこびりついて離れなかった。

 車の中って、普通は安心できる場所のはずなのに、この時は違っていた。誰も喋らない。音楽もかけない。エンジンの低い唸りだけが、ずっと響いていた。外は真っ暗で、窓の外に何があるのか、ほとんど見えなかった。けれど、何かがずっと私たちの後ろをついてきているような、そんな気配さえしていた。

「静かだね」と、思い切って言ってみた。誰も返事をしなかった。ミサは人形をで続けていた。その手が、ほんの少しだけ震えていたような気がする。キョウがちらっと私の方を見た。でも、すぐに目をらした。何か言いたそうな顔だった。でも、結局何も言わなかった。

 トンネルを抜けたとき、車内が一瞬だけ明るくなった。ライトの反射で、ミサの顔が白く浮かび上がり、その表情が人形と重なって見えた。その瞬間、胸の奥がざわついた。なんとも言えない違和感があった。ただ、空気が重く、息が詰まりそうだった。

「ねえ、人形、どこに置くの?」と、私は静かに聞いてみた。ミサはしばらく黙ったまま、人形を撫で続けていたが、やがてぽつりと「私、この人形、部屋に飾るつもり。いいよね」と言った。それだけだった。声が少しかすれていて、どこか遠くを見ているようだった。誰もそれ以上、何も言わなかった。

 そのあとも、沈黙は続いた。カズは運転に集中しているようで、無口だった。でも、何度もバックミラーを確認するように見ていた。2、3回、私と目が合った気がしたけれど、すぐにらされた。何かを確かめているような、そんな目だった。

 家に着いたのは、夜中の二時を少し過ぎた頃だった。みんな、何も言わずに車を降りた。私はカズに「またね」と声をかけた。カズはうなずいたけれど、その目はどこか遠くを見ていた。まるで、まだ村の中にいるような、そんな表情だった。


 それから、誰とも会っていない。連絡も取っていない。でも、あの夜のことは、今でもよく思い出す。みんなの好奇心に満ちた顔、人形を拾った後の緊張した顔、そして、帰りの車の中の沈黙。


 あの日を境に、自分の生活は変わった。と思う。正直、あまり自信はない。確かに、めちゃくちゃ忙しくなったことは事実だけど、あの日が起点だったのかと聞かれると、そうなんだろうけど、自信がない。そうでもないような気もするし、とても曖昧あいまいだ。


 でも、あの夜、みんなが騒いでいた肝試きもだめしについていった。みんなと一緒にいた。それだけは、その時間だけ確かだ。ほかのことは、少しずつぼやけてきている。でも、あの夜のことだけは、忘れない。忘れられない。

 正直、怖い体験をしたというよりも、みんなと過ごした刺激的な時間だった。という感じがしている。みんながどう思っているかは、わからないけれど。

 でも、それ以来、夢を見るようになった。あの村の夢。誰もいないはずの場所に、誰かが立っている。白い顔、長い髪、大きな目。その人形が、歩いている。私を呼ぶ声がする。名前を呼びながら。

「ユウ、戻ってこい」

「ユウ、帰ってこい」

「ユウ、ユウ、ユウ…」


 目が覚めると、誰かがいるような気がする。でも、誰もいない。ただ、空気が重い。あの夜の空気と、同じ匂いがする。

 何かがずっとそばにいる気がしている。監視されている気がする。日に日に近づいている。それが誰なのか、私はまだ知らない。でも、きっと、もうすぐわかる気がする。


 不思議と、怖くはない。むしろ、懐かしい感じさえする。いつか、あの村に戻る日を心待ちにしてさえいる自分がいることに、気づいて、少し驚く。

(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る