第2話 氷川 和利(ひかわ カズとし)②

 集落の建物はそれほど多くなく、ぐに村と森の境目さかいめまで到達した。最奥さいおくに、比較的大きな建物があった。公民館か、集会場か、村民が一堂にかいせる程度の広さがある。木製の古い引き戸で、扉は半分開いていた。

 あいかわらず、手形はいたるところにあった。この建物は特に念入りだった。しかし、どの手形も、ありえない所や場所にはなく、人為的じんいてき悪戯いたずらのように感じた。ただ、大きさや材質などはまちまちで悪戯いたずらにしても妙に手が込んでいる。

「ここまでだな。中見たらそろそろ引き返そう」と、俺は言った。出来るだけ毅然きぜんとした声色こわいろで。虚勢を張っているように思われたくなかった。実際、それほど怖いとも思っていなかった。

 建物の入り口からのぞき込むと、ほこりっぽく、古い木の匂いがした。俺たちは、躊躇とまどいながらも中に入った。床がきしみ、壁には昭和の年号を記された古びた掲示物が貼られていた。

「村の集会場ってやつかな?」

 玄関の先には長い廊下があり、左右に戸口がある。左手は広間。右手は台所など水場。ここにも先客の痕跡こんせきがあり、落書きや空き缶、コンビニのごみなども散乱している。

 広間へ足を運ぶ。大きなはりが一本倒壊し、広間を分断している。床も風化が進み、暗い穴が点在していて、足の踏み場もない。

 懐中電灯の光は浮遊するほこりにかすれていた。

「苦しい…」そう言ったのはレイだったか、ユウだったか。

 言われてみれば…、俺も気づいた。建物に入ったときから何かの気配を感じていた。空気というより、水の中を歩いているような密度。耳鳴りがするのは、他の人の息遣いきづかいいしか聞こえないからかもしれない。誰もが口数を減らしていた。


 広間の中は真っ暗だった。しかし、建物の随所ずいしょにある穴から、わずかな外光がいこうが差し込んでいた。とはいえ、奥までは見渡せない。懐中電灯の明かりを頻繁ひんぱんに動かすせいか、目が回り、閉塞感へいそくかんが際立つ。

 ショウタの照らす光が止まる。

そこには、人の形をした何かが置かれていた。赤ん坊くらいのサイズだったが、確かな存在感を放つ人形だった。

 形容しがたい異形いぎょうといってよかった。ただ乱暴に、いたずらに人の形によせたような奇妙な造形だった。廃村時の昭和レトロなものでもなく、今風のものでもなく、和風でもなく、洋風でもなく、自然にあるものとも相いれない。そんな何かだった。

 なんといえばいいのか、不自然だった。

 ここの雰囲気に合っているとは言い難いほど真新しく、風化の影響を受けていない。姿勢も座るでも立つでも寝転ぶでもないたたずまいだった。

顔と呼べる部分は何か白く。目が異様に大きかった。

 「なかなか…」とレイがつぶやく。俺を含め、皆の肝試しの熱が冷めていくのを感じた。変な人形も見たし、怖い雰囲気も味わった。そろそろ潮時だ。帰ろう。

 皆に声を掛けようとしたとき、ミサの様子が少しおかしいことに気が付いた。

 その人形を見つめている。長い間、じっと見ていた。そして、何も言わずに、それを手に取った。

「持って帰るの?」と俺が尋ねると、 ミサは少し笑って「かわいいじゃん」と答えた。 その笑顔は、どこか引きつっているようにも見えた。

(続く)

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