トイレの獄門摩擦太郎さん【ボイスドラマ】

初美陽一@10月18日に書籍発売です

第1話 女子トイレの怪異

拙者せっしゃ獄門摩擦太郎ごくもんまさつたろうもうしますは、今や亡魂ぼうこんの便座にはべる者なり。草木くさきも眠る丑三うしみどき斯様かよう辺鄙へんぴなる場へ訪れたるは、果たして如何いかなる用向きか』


 私〝木下きのした 小百合さゆり〟は今、深夜の学校のトイレで恐ろしい体験をしています。

 どこの学校にも一つはあるだろう怪談、そんなものの実在を確かめる肝試しになんて、参加することになっちゃって。

 言っちゃえば、くだらない作り話……作り話の、はずだったのに。


 私の目の前に現れたのは、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうで落ち武者っぽい、薄っすら見える男性。腕組みしている格好といい、膝下から湧き出して浮遊しているような姿といい、ランプの魔神みたいです。この場合、便器の魔神になっちゃうけど。


「はっ、はあっ……はあ、はあっ……!」


 当たり前だけど、私は息切れするほど混乱していました。


 何なのコレ、怖い。

 これって現実? ドッキリじゃなくって?

 幽霊なんて、本当にいるの?

 私、これからどうなっちゃうの?


 恐怖と困惑に震えるしかない、そんな私の口から飛び出したのは。

 私自身にも、およそ信じられない言葉でした。


「こ、ここって……なんですけど……」

『…………』


 気にするべきなの、今そこじゃない。自分でも、そう思いました。

 ……非常に気まずい沈黙が、私たちの間に流れます。

 ですが沈黙を破ったのは、獄門摩擦太郎? さんでした。


然様さように申されど、元よりこの場は罪人共が墓場の跡地あとち。後から築かれたがこの建物ゆえ、拙者にはどうしようもござらん』


「そ、そうだったんですね! す、すいません、そんなこととは知らず……むしろ逆に、お騒がせしちゃったみたいで……」


『なに、気にすることはござらん。が、そのような些事さじよりも、汝の如き柔和にゅうわなる女人にょにん何故なにゆえ斯様かよう刻限こくげん此処ここへ訪れたのか。何か事情があるならば聞こう。ほうは……』


「えっ、あっ。私、小百合さゆりって言います。それで、えっと……」


 意外と話が分かる人……幽霊さん? なのかもしれません。

 何だか急に安心したのもあって、私もついつい口が軽くなっちゃったのか、事情を説明することにしました。


「私、柔和にゅうわっていうより、気弱で怖がりなだけなんですけど……だからお察しの通り、進んでここに来るようなことってありません。その、本当はイヤだったんですけど……クラスでもカースト上位で人気者の、ギャルの子に強く誘われて、それで断り切れず……」


『うぬぅ。ぎゃる……』


「あっ、言われても分かりませんよね。えっと、ギャルっていうのは――」


『ちょべりば、というやつであろうか』


「意外と知ってますね!? いやまあそれも、だいぶ死語ですけど!」


亡魂ぼうこんとて、斯様かような場に長くとどまっておれば、それなりに言葉も入ってきもうす。いなことれい、即ち言霊ことだまとでも申すかな。がはは。さて、それはそれ、ふむ、なるほどのう。それすなわち……いじめ、というものではないか?』


「い、いえ、いじめ、というほどではないと思うんですけど。でも……そう見えちゃうんですか、ね?」


『はてさて、拙者には何とも言えぬが。だが、そうじゃな……うむぅ』


 組んでいた野太い腕を解き、大きな手を顎に当てて考え込んでいた獄門摩ごくもんまさ……ええと彼が、突然に口走った。


『少女よ……力が、欲しいか……?』


「いや本当に意外と知ってるな! 妙に変な知識にかたよってる気はしますけど……あっでも、力とかは別に欲しくないです。いえ本当に、ぜんぜん」


『ふぅむ。だが先の話を聞くに、ぎゃるという女子おなご無理強むりじいされ、それゆえに斯様かよう仕儀しぎ相成あいなっているのでは? 汝がかかる羽目はめおちいっているのは、ぎゃるのせい……目にもの言わせてやりたくはならぬか?』


「目にものだなんて、そんな! ハッキリ断れない私が、気弱でダメなだけで……」


『今風な言い方をすれば、ギャフンと言わせたくはないか?』


「それもだいぶ古めかしい言い方ですけどね! でも言い方を変えると、なんか軽めに思えてきたな……う、う~ん、どうしようかな……」


 いえ本当、ここに来ちゃったのだって、私自身の責任です。そう言ったことに、嘘はありません。だけど無理強いされて、少し、ほんの少しだけ、暗い感情がお腹の底にあるのも事実。

 現に今だって、こんな目に……という私の感情が見透かされたのかは分かりませんが、彼が一言。


『まあそのせいで、斯様かように珍妙な体験をさせられておるのだし、恨みに思うのも自然なことよ。がっはっは』


「その珍妙って、まさにあなたのことだと思うんですけど……え、ええと、じゃあ……ほんの少しだけ、ちょ~っとだけ、驚かせるくらいで……?」


『うむ、任せておくが良い! この獄門摩擦太郎ごくもんまさつたろうが、地獄の獄卒ごくそつも震えあがるほどの恐怖をもって、らしめてしんぜよう!』


「ちょっとだけ、っつってんでしょうが! 少しですよ、本当に少し! 本当は恨みってほどでもないんですから! やりすぎたら承知しませんからね!」


『がっはっは!』


「聞いてんのか!」


 豪快に笑い飛ばす彼に、気弱で怖がりな私とて、つい声をあらげずにはいられませんでした。

 というかこの幽霊さん、堂々と腕組みしている様子といい、筋骨隆々な見た目といい、なんか幽霊っぽくないんですよね。確かに半透明な部分もありますけど、むしろ生気に溢れている気がしますし。


 筋肉の密度が、霊体れいたいに存在感を与えているんでしょうか。そんな話あります?

 我ながらとりとめのないことを考えていた、その時――女子トイレの外側から、第三者の声が響いてきました。


「うぇーい。ちょっとちょっと、遅くな~い? もしかしてビビっちゃってたり? だとしたらウケるんですけど~、キャハハッ♪」


「あっ、この声……えっと、さっき言ったギャルの子なんですけど……」


『ほほう、小百合殿さゆりどのしいたげし、くだんのいじめっ子という訳か……それっぽい言動じゃ。くっくっく、盛り上がってきたのう……!』


「いじめられてるとまでは言ってないわ! いいですか、絶対にちょっとだけですよ、やりすぎないでくださいよ! ……返事しろですよコラ!」


 私は必ずや気弱で怖がりではありますけど、あまりの不安に焦ってしまったばかりに、ついつい言葉遣いが乱れてしまうのでした……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る