3甘:待つ者

一方、エリザータは邸宅にて化粧直しをしていた。そして、心の中で言う。「ミルーネ、どんな女なのかしら?」と。そして、口紅を引くと、とある事を思い出す。


「それにしても、ランディレイ王子のあの時のキス、乱暴だったわね」


 自嘲の呟きであった。「あの時」とは、エリザータがランディレイに別れを告げた時。それを思い出すと、芋づる式に、ランディレイとの出会いまでエリザータの思考が遡っていく。


 その日は、春真っ盛りの夜だった。ブンボル王国の経済を支える数々の財閥の集まりにエリザータは駆り出されていた。酒宴を交えて行われていたその集まりのゲストに、王宮からランディレイが招かれていたのだった。ランディレイがお出ましになると、エリザータの心に止められない衝動が溢れた。そして、呟く。


「王子とアルヴェードを比べたい」


 そして、ランディレイに接近して、その目の前でふらついたふりをした。すると、ランディレイはエリザータを抱き止めてくれた。


「大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、王子。身の丈に合わないお酒を飲んでしまったようで」


 勿論、酒は一滴も飲んでいない。偽りの弁に少しの罪悪感を抱いたエリザータは、空色のスーツのランディレイにお姫様だっこをされた。


「え?」

「どこか、休める所を探しましょう」


 そして、ランディレイは、バルコニーに目をつけ、そこまでエリザータを抱えて行った。そして、白く華奢な椅子に座らせてくれた。エリザータは感謝した。


「ありがとうございます、王子」

「いいえ、どういたしまして。体の方は、どうですか?」


 エリザータは、どこも悪くないため、返答に困ったが、適当に返した。


「少し、気分が悪いです」

「そう」


 ランディレイは、エリザータの背中をさすり始める。エリザータは、ランディレイの手を煩わせている事に対し更に罪悪感を感じ、こう言った。


「王子にそこまでさせるわけにはいきませんわ。大丈夫です」


 ランディレイは、引かなかった。エリザータは、言葉を続けた。


「そんなに優しくしないでください。夫がいる身なのに、王子に惚れてしまいますわ。いいえ、惚れてしまったかもしれません」


 ランディレイは、微笑んだ。


「僕も、惚れてしまったのかもしれません。貴女に、触れていたい」


 エリザータは、目を丸くした。そして、言った。


「では、お付き合いしていただけますか?私と」

「勿論」


 それからというものの、エリザータはランディレイと「密会」を続けた。そんなある日、エリザータはランディレイの侍女、リンデンスに忠告された。


「エリザータ様?道ならぬ関係は、ここまでとしてください。ランディレイ王子には、婚約者候補の恋人がいらっしゃいます」

「え?」


 ここで、エリザータは愕然とした。そして、熱に浮かされてランディレイに恋人の有無を尋ねるのを忘れていた事を思い出す。エリザータは、頭を下げた。


「それは知りませんでしたわ。ごめんなさい。」


 その心の中では、「不倫ルール第一条に違反しちゃったわ」と言っていた。そんな中でも、謝罪を続ける。


「今日をもって、ランディレイ王子とはお別れ致します。お許しを」

「そうしてください」

「えと、その、ひとつだけ教えていただきたいのですが、ランディレイ王子の恋人は、どなたなのでしょう?」

「空想画家の、ミルーネ様です」


 エリザータは、内心驚く。「アルヴェードが夢中になってる画家じゃない」と。そんな中ではあったが、エリザータは、意を決してランディレイの元に行った。そして、こう告げた。


「ランディレイ王子?今日は、お別れをしに来ましたの」


 ランディレイの顔色が変わる。


「何故!エリザータ!!」

「その、私、夫の所に戻りたくなったんです。貴方も、戻るべき所があるのでは?」


 ランディレイは、エリザータに急接近してくる。


「君から声をかけたのに、僕の心を燃え上がらせたと言うのに、君は、勝手だ」

「申し開きの言葉もありませんわ。でも、お許しください。どうか、寛大なお心で」

「悪いけど、今は、今の僕は君を離したくない。君を、君の夫の所に帰さない!」


 そして、ランディレイは赤いエリザータの唇を奪った。文字通り乱暴なキスが長く続く。その荒々しさは、綺麗に塗ってきたエリザータの口紅が全て吸い尽されるのではないかという勢いであった。


「エリザータ、愛している。これからも、君を離さない」


 ようやく解放された口から、エリザータは言った。


「ランディレイ王子、貴方の熱意、ありがたいですわ。わかりました。この話は、撤回致します」

「エリザータ!」


 ランディレイは、エリザータを抱き締めた。


 エリザータの思考は、現在に戻る。綺麗に化粧直しが終わり、鏡に映る自らを見て「完璧」と心の中で呟いた。

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