第4話 闇光銃、起動――設計は一撃をも設計する
深層は、音そのものが石に吸い込まれていく世界だった。
濡れた岩肌に古代の**設計紋(デザイン・グリフ)がびっしり刻まれ、淡い脈動が陰と陽を交互に点滅させる。迷宮の心臓――ここが遺跡の規格核(スタンダード・ノード)**に最も近い。
「空気が重い……」リナが囁く。光紋で前方に薄い膜を張りながら、足元の石段を慎重に下りる。
先頭は俺、二番手にセレス、最後尾にガロム。三人の靴音が、鼓動のような地鳴りに溶けていく。
広間の中央に、黒曜石の石棺めいたものが安置されていた。近づけば近づくほど頭蓋の裏が疼く。**【解析(アナライズ)】**を開くと、棺全体が一本の“銃”として設計された巨大な図面に見えた。
「棺の正体、兵装の鞘(さや)だな」
「開けるのか?」ガロムが口角を吊り上げる。
「ああ。ただし――先に罠を潰す」
周囲の床目・壁面・天井、すべてに導管の青線が浮く。
「【改造(リフォージ)】――遅延回路挿入」
床の落下トリガーを、半拍遅らせる。本命が牙を剥いた瞬間、“噛み遅れ”を起こすように。
セレスが剣先で合図した。「準備よし」
俺は棺の封を指二本でつまみ、四分の一拍だけ位相をずらして――開く。
吐息のような黒風。棺の奥から現れたのは一本の長銃だった。
黒と白、闇と光が絡み合うような銃身。握りに触れた瞬間、声ではない仕様書が脳に突き刺さる。
『――規格兵装:闇光銃(ダーク=ルミナス・アーム)。
発射に術者演算資源を消費。過剰発射時、術者に不可逆損傷の危険あり』
「頭を焼くタイプか」思わず乾いた笑いが漏れる。
リナが眉を寄せる。「使っちゃダメなやつでは……」
「使えるようにする。それが俺の仕事だ」
銃身に走る赤い警告式に指先を滑らせる。
「【改造】――熱暴走阻止回路、挿入……逆位相熱管、ここ……」
銃は低く唸り、危険表示が橙→青へ変わった。
さらに空白の配線に、俺は別の図面を重ねる。
「【無限設計(インフィニティ・ブループリント)】――欠損補完」
“あるべきはずの冷却導管”と“演算負荷の逃し路”が、自動的に補われてゆく。
銃身の鼓動が穏やかになり、握り心地が“道具のそれ”へ落ち着いた。
その時、広間の奥から地が鳴る。
古代の守護巨人(ゴーレム)が、壁面の設計紋から生え出るように立ち上がった。石層の躯、八本の腕。胸部中央に、回転する規格核が鈍い光を放つ。
「来る!」セレスが前へ。
「正面は任せな!」ガロムが大斧を肩から下ろし、地床を踏み鳴らす。
リナは即座に詠唱。「【光紋(ルクス・グリフ)】――多層結界!」
俺は闇光銃を肩に据え、深く息を落とした。
――チャージは粒(カウント)で管理。一粒で魔獣を焦がし、二粒で装甲を穿ち、三粒で“壁”が貫ける。
「三粒で落とす。お前たちは――三拍、稼いでくれ」
「任された!」
巨人の一本目の腕が振り下ろされた瞬間、俺はチャージ一粒を刻む。銃身の闇が白を巻き込み、白が闇を縫う。髪が静電気で逆立つ。
ガロムの斧が腕の関節に打ち込まれ、火花が散った。硬い。だが止まる。
セレスは刃で衝撃の角を“逃がし”、盾列の兵を守る。
リナの結界が衝撃波の峰を丸め、後列の魔導たちを立て直させる。
巨人の二本目、三本目の腕が重なり、床が波打つ。
俺は二粒目を刻む。視界が少し白くなる。こめかみに金槌の音。
「アレン!」リナの声が届き、彼女が小札を掌に貼る。
ひやりとした冷が脳の熱を均す。
「平気だ。――もう一拍」
巨人の胸核が回転数を上げ、広域崩落陣が天井に走る。
危険だ。チャージを中断すれば、ここで全員潰される。だが――潰すための設計はもう読めた。
「【複写陣(コピー・グリフ)】――崩落式、模写。
【改造】――支点移動/遅延!」
天井の崩落トリガーを、広間の端――無人域にわずかに誘導し、半拍遅らせる。
直後、端で石が落ち、粉塵が舞い上がった。中央は――空いている。
「助かった……!」セレスが息を吐く。
「三粒目――行く」
銃身の渦が臨界に達する。
白と黒が一本の螺旋の矢になり、肩から腕、指先まで痛みと一緒に走る。
視界の端に、古い設計士たちの“手癖”がちらりと重なった気がした。線で殺すな、線で生かせ――それでも今は、止めるために撃つ。
「【闇光砲(ダーク・ルミナス・ブラスター)】――破城一撃」
引き金。
音が遅れてくるほどの光。白黒の奔流が巨人の胸核へ吸い込まれ、背面ごと穿ち抜いた。
八本の腕が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
遅れて熱風。結界が波打ち、髪がばさりと揺れた。
広間に――沈黙。
「終わった?」リナがかすれ声で問う。
粉塵が静まり、巨人の胸に空いた円孔から、崩れた規格核が転がり出る。
「――落ちたな」
ガロムが口笛を吹く。「おいおい、城壁ごと消す気かってくらいだ。ガハハ! 痛快!」
セレスは剣を下ろし、息を整えながら俺を見た。「危険を潰してから起動、設計の勝利ね」
俺は銃身を撫で、深く息を吐く。
【改造】が切り抜けさせた。だが、三粒チャージは頭を確実に削る**。
――もっと効率化できる。
「……今の回路、固定する」
俺は倒れた巨人の規格核を拾い、砕けた導管の**“良い癖”だけを抽出する。
「【分解(ディスアセンブル)】――熱圧整流式/抽出。
【融合(シンセシス)】――逆位相冷却フィンを追加……
【改造】――発射後回生演算**に回す」
銃身の内部で、熱と負荷が“飲み直される”音がした。
リナが目を丸くする。「今、撃った疲労を戻しました?」
「一部な。完全じゃないが、これで再チャージの頭痛は半分で済む」
セレスが短く笑う。「撃つたびに武器が学習して強くなる……厄介で、頼もしい」
ガロムが足元の瓦礫を蹴り、「次、来るか?」
――来る。
壁面の設計紋が、先ほどより速い拍で点滅し始めた。
副守護――飛行型の石翼がバラバラと抜け、天井近くで光を散らす。
「上だ!」
セレスが跳躍し、翼の付け根だけを斬る。落石はリナの薄膜が受け止める。
ガロムが投げ斧で二体を落とし、「数が多いぞ!」
「なら――短チャージで刻む」
俺は一粒だけ回し、連発の設計に切り替える。
「【改造】――短パルス化/散開誘導」
闇光は槍ではなく針になり、翼の蝶番だけを正確に穿つ。
飛ぶ石翼は、翼を失った瞬間、ただの“落石”に変わった。味方の頭上を避ける軌道へ、空気層を一枚撫でて偏向しておく。
「いい制御……!」リナが小さく拍手する。
「まだ行けるが、弾(演算)は有限だ。――拾えるものは拾う」
巨人の残骸から、俺は二つのモジュールを回収した。
一つは位相安定子。もう一つは衝撃吸収の古式。
前者は“暴発を更に遠ざけ”、後者は“反動をほぼ無反動に変える”。
「【融合】+【改造】――位相安定子を銃身二層目に、衝撃吸収を銃床へ。
【無限設計】――接合最適化」
闇光銃は小さく脈動し、完成度が一段上がった感触を返す。
同時に、視界の片隅に新しい文字が灯る。
《新派生:回生チャージ/発射残余を演算に再循環》
「……いい子だ」思わず笑う。
この兵装は作り甲斐がある。使い捨てではなく、育つ。
リナが俺の袖をくいと引く。「アレン、でも、あなたが壊れないで」
「壊れないように設計するさ。俺自身も含めて」
粉塵が落ち着くにつれ、広間の奥面が浮かび上がる。
そこには、石棺よりさらに古い――設計局(デザイン・ビューロー)の紋章が薄く刻まれていた。
紋章の中央に、掌ほどの受け座。きっと“鍵”だ。
「開けるぞ」
受け座に闇光銃の副導管を軽く触れさせ、最低出力で“音”だけを流す。
五音。以前、祭壇箱で開いた“音階鍵”。ここも同系統だ。
【解析】で溝の深さを読み、【複写陣】で和音を重ね――一息。
石がほどけるように、奥の壁が横に滑った。
短い回廊。その先に、薄い板金で編まれた古代の設計図束が立てかけられている。
「……これは」
セレスが息を呑み、リナが目を輝かせる。
俺は束の表紙に触れた。頭蓋の裏に、また図面の声が落ちてくる。
《規格兵装の上位規格:出力の社会適合。
兵装は都市の上でのみ許可。民域での出力は自動減衰。
――線で殺すな。線で生かせ》
ガロムが鼻を鳴らす。「物騒なオモチャにしては、やさしい規格だな」
「やさしさまで設計してる。だから危険でも、扱える」
束の末尾に、半分消えかかった注記がある。
『主脳は“次”を望む。武器の設計から、街の設計へ』
――遠くで、地鳴り。
上層からの崩落音ではない。王都の地下、別系統の演算が動き出す気配。
俺のこめかみが微かに疼き、闇光銃が共鳴するように震えた。
「行こう。拾うものは拾った。――ここから、街の設計に繋げる」
リナが指を絡めるように銃床を撫で、微笑む。
「うん。設計監」
戻り道、俺は道すがらの罠回路をひとつずつ“安全側”に改造してゆく。
落とし穴の縁は丸め、矢の回路は空へ逃がし、迷路の反響音は誘導灯に変える。
来る誰かが、ここを死ににではなく、帰り着くために歩けるように。
地上に出た時、夕陽が石畳を金に染めていた。
ギルドに持ち帰る戦果は充分――だが、数字以上に大きいのは一丁の銃と、その扱い方だ。
「アレン」セレスが言う。「今日の一撃は、城門を破る力があった。次に必要なのは――破らずに済ませる設計だ」
「ああ。線で止めるための線を、もっと増やす」
ガロムが豪快に笑う。「そんじゃ、樽で祝うとするか! お前の線と一撃に!」
「一杯だけ。まだ回路の整理が残ってる」
リナが肩を寄せ、小声で問う。「ねえ、闇光銃に名前つけない?」
「紅牙刃(クリムゾン・ファング)は刃の名だ。銃は――」
夕陽が黒い銃身に白い筋を走らせた。闇に光が縫われ、光に闇が陰影を与える。
「織光(しょっこう)と呼ぶか。闇と光を織る銃だ」
「いい名前」リナが笑い、銃が小さく同意するみたいに鳴った。
――夜。
王都の屋根の向こうで、薄い図面が一度だけ明滅した。
兵装規格の層が増え、民域減衰の印が街の上空にふっと灯る。
俺は空へ掌を向け、【演算掌握(ドミナント・オペランド)】で新しい層を仮止めする。
「線で殺すな。線で生かせ。……承った」
廃棄場のがらくたから始まった“遊び”は、もう兵器と街のあいだを設計し始めている。
次は――街だ。
そして、王都の地下で脈打つ主脳そのものに、規格を重ねに行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます