第18話 魔族軍の罠
防壁に着くと、高くそびえる壁を見あげる。
「これを乗り越える時も危険だな」
「平気よ。屋上の狭間から見張っている魔族兵は三人だけだもの。狭間を強い突風で攻撃するから、敵がひるんだすきに飛び越えましょう」
ウェンディは風魔法が得意だから、敵を突風で攻撃するくらいはお手の物だ。
僕達は防壁の上端ギリギリの位置まで飛んで待ち、突風で魔族兵が顔をそむけた瞬間、素早く飛び越えて要塞の壁近くに着地した。
「うまくいったわ。次はアランの出番よ」
「任せておけ」
「砦の壁は頑丈だから、強めのファイアーボムを撃って。アランは私のシールドで守るから心配はいらないわ」
壁からは二メートルしか離れていないので、僕達も激烈な爆発に巻き込まれる。しかし、彼女のシールドがあるなら、何も問題はない。
「了解。砦を崩壊させるとまずいから、最適な威力を計算して撃つよ」
僕は探知魔法を使ってシールド発生装置の設置場所を探った。壁が頑丈だとしても、発生装置は近くに設置されているから、ほどほどのファイアーボムでも十分に破壊できる。
「ミディアムファイアーボム!」
手をかざして唱えると、テニスボール大の灼熱した火球が飛び出し、防御シールドを貫通して建物の壁に命中した。ファイアーボムが炸裂すると、爆風が魔力を練り込んだ壁を粉々に吹き飛ばし、灼熱する業火がその奥に備え付けられていたシールド発生装置を融解させた。
「シールドが消えたわ。上に飛んで、三階の外壁に張りついて隠れるわよ」
「了解!」
ウェンディはためらいもなく上昇していく。それを追いかけて僕も飛ぶ。
三階まで上がると、セミのように壁に張り付いて隠れた。
「人質が壁際まで連れて来られたら、アランは屋上の真ん中に飛びこんで陽動して。注意がそちらに向いたら、私が人質の救出をするわ」
「了解。大暴れしてやるよ」
「砦の中は大騒ぎになっているわね。一階の大半が火炎に包まれていて、消火するために大勢の兵士が駆けて行くわ」
「人質はどうなっている?」
「敵兵が部屋から連れ出したところ。もうすぐ屋上に出てくるわ」
その言葉通り、二十人ほどの魔族兵が中央にある階段から人質を屋上に連れ出すと、乱暴に引っ張って壁際まで歩かせた。
それに続いて百人あまりの魔族兵が階段を駆けあがってきて、胸壁の前に陣取ると狭間から矢を突き出して身構えた。
思惑通り、敵は王国軍が砦を攻撃してきたと勘違いしていて、王国兵が防壁をよじ登ってきたら狙撃するつもりでいるのだろう。
幸いなことに、奴らは壁に張り付いて隠れている僕たちには気づいていない。
人質が壁際に立たされると、魔族兵のリーダーらしき男が王国軍に向かって拡声魔法で警告する。
「直ちに我が砦に対する攻撃をやめよ。速やかに撤退しなれば、ここにいる人質を一人ずつ殺していく。まずは報復として、お前達の騎士を一人殺すから、良く見ておけ!」
リーダーが合図すると、魔族兵二人が胸壁の上に騎士を引っ張り上げて膝立ちにさせ、後ろ手に縛られたままの姿で頭をグイと押し下げた。
「首をはねろ!」
その命令で、処刑役の大柄な魔族兵が、大剣の柄を両手でつかんで大きく振り上げた。
一撃で首を飛ばすつもりだ。
「出るぞ!」
ウェンディに耳打ちすると、「ウォー‼」と叫びながら大きく飛びあがり、屋上の真ん中に降下した。
床に足が着くと同時に、人質がいる方向へと全速力で突っ走る。
叫び声に驚いた処刑人は、大剣を振り上げた姿勢のままで固まっている。これなら僕が奴を倒して騎士を助けられるかもしれない。
しかし、胸壁の狭間から矢を突き出していた魔族兵たちが、いっせいにこちらを振り向いて射かけてくる。矢の何本かが身体に命中したが、ウェンディに強化してもらった戦闘服のおかげで怪我はない。
人質に向かって突進する僕の前に、兵士達がわらわらと集まってきて行く手を阻むために人壁を作ったが、構うことなく突入して近接戦闘に入った。
斬りかかってくる敵を、「衝撃波!」と叫びながら次々と吹き飛ばしていく。
衝撃波で吹き飛ばされた兵士は、後ろにいる兵士達を激しく巻き込んで倒れるから、敵のリーダーからは猛牛が兵士をはね飛ばしながら突進してくるように見えたに違いない。
この派手な陽動を処刑人は呆然と眺めていたが、身の危険を感じたのか剣を中段に降ろして防御の構えに入った。
「よし、もらった!」
処刑人にアイスランスを撃ち込んで倒そうと手をかざした瞬間、「首をはねろ‼」とリーダーが叫ぶ。
我に返った処刑人は、慌てて大剣を大きく振り上げた。
「そうはさせるか‼」
大剣を振り下ろそうとする処刑人に向かって即座にアイスランスを放ったのだが、運悪く射線に他の魔族兵が入ってきてそいつに命中した。
「ヤバイ!」
慌ててもう一度アイスランスを撃とうと手をかざしたものの、既に大剣は勢い良く振り下ろされている。
「ダメだ‼ 間に合わない!」
ところがその大剣は、騎士の首に届く寸前に大きく跳ね上げられた。
ウェンディのウインドカッターが、ギリギリで剣身を柄から切り離したのだ。
行き場を失った剣身は、空中で二、三回転すると地面にガシンと衝突して、ガラガラと転がっていく。
魔族兵達がギョッとしてそれに気を取られた瞬間、ウェンディは胸壁の上に飛び上がって、人質を拘束している兵士を次々とウインドカッターで倒していく。
ほんの数秒で、人質の周囲にいる敵兵士は完全に無力化されていた。
人質はみんな驚きながらも、息をつめてウェンディを見守っている。
泡を食った胸壁の魔族兵たちが、慌てて人質を確保するために駆け寄ろうとしたが、ウェンディはその前に降り立ち、仁王立ちになって立ち塞がった。
「これ以上近寄ると、あなた方全員を殺します‼」
その迫力ある威嚇でひるんだ魔族兵達の背中を、無数のアイスランスが襲って、全員を打ち倒した。
僕が飛び上がって、上からぶち込んだのだ。
そのままウェンディの隣に降り立つと、彼女は僕たちの周囲をすっぽりと球形シールドで覆った。
反対の胸壁を守っていた大勢の魔族兵が怒りとともに突進してきたが、シールドに阻まれて進めず、悔しそうに顔をゆがめている。
「侯爵令嬢、護衛騎士の皆さん。縄を切りますからこれに乗って下さい」
ウェンディはそう言うと、アイテムボックスから魔魚を素揚げした時に使った大鍋を取り出して床に置いた。
鍋の両端には取っ手が付いているので、それを持って二人で持ち上げるつもりだろう。
「急いで乗ってくれ。魔族の反撃が始まる前に離脱する‼」
僕が捕縛の縄を切ると、みんな慌てて鍋に乗り込んだ。
「ありがとうございます。まさか助けが来るとは思ってもみませんでした」
「死を覚悟していましたから、まるで夢のようですわ。感謝いたします」
捕虜になっていた騎士と侯爵令嬢が、ほっとした笑みを浮かべてウェンディと僕に頭を下げた。
「お助けできて幸いです」
ウェンディも微笑みを返す。
「さあアラン、取っ手を持ち上げて!」
「了解!」
大鍋には数人が乗っているから重いはずだが、身体強化をしているので難なく持ちあげられた。
「飛べそう?」
「ウェンディ仕込みの飛行魔法だからな、問題ないよ」
彼女の問いかけに胸を叩く。事実、大鍋は軽々と上昇を始めた。
あとは王国軍の陣地まで運べば任務完了だ。
ところが、砦から離れて高度を上げていると、敵は無数の金属槍を撃ち込んできた。
そんなものではウェンディの球形シールドには傷ひとつ付けられない。
そう高をくくっていたのだが、どういう訳かシールドが揺らぎ始めている。
「そんなバカな! あり得ない」
驚いているうちに、揺らぎはどんどん大きくなってくる。
どうやら金属槍には、妙な魔法が付与されているようだ。
「これって、危なくないか?」
「まずいかもしれないわ。アラン、砦を何とかして!」
「了解!」
この危機から脱出するためには、砦を破壊するのが一番だ。
砦の強度が未知数だから、強力なファイアーボムを撃ち込むことにした。
体内の魔力を結集して砦に手をかざすと、「ビッグファイアーボム‼」と叫ぶ。
すると、真夏の太陽のように灼熱したバランスボール大の火球が、吸い込まれるように砦に向かって落ちて行く。
着弾すると、超新星爆発のように白熱したエネルギーが炸裂して、砦とその周囲の土地を一瞬で蒸発させた。
後には直径三キロ弱の巨大な円形クレーターができあがっている。
「相変わらず凄いわね! これなら砦の周囲に仕掛けられていた罠もほとんど排除できたはずよ。一件落着ね」
「本当にそうだといいけど……。砦の魔族は、人質を使って何かの時間稼ぎをしていたような気がする」
「言われてみれば、ひっかかるわね」
「難攻不落の砦だから、戦って相手を撃破すればいいだけなのに、わざわざ時間稼ぎをする目的は?」
「可能性が高いのは援軍ね」
「だよね。その援軍が来るとしたら、王国軍の向こうにある森からじゃないかな。それなら砦と援軍とで王国軍を挟撃できるからな」
「あり得るわね。王国軍に警戒するように伝えるわ」
ファイアーボムのクレーターを下に見ながら、王国軍まで続く雑木林を飛び越すと、拠点の手前にある空き地に大鍋をおろした。
大鍋から人質が元気に手を振ると、領主軍や王国軍から大歓声が沸き起こった。
大勢の人が喜色満面で駆け寄ってきたが、その先頭には領主であるカイン侯爵がいて、鍋から降りた娘を強く抱きしめている。
「勇者殿。娘を助けてくださり、ありがとうございます」
いかつい顔の侯爵が、涙を浮かべて礼を言う。
「その上、砦まで破壊してくれるとは。あの素晴らしい一撃には感動しましたぞ」
王国軍を率いる太った将軍が、ウェンディに向かってしきりにうなづいている。
「いえ、あの爆発は私ではなく、ここにいるアラン・フレミングが放った魔法です」
「なんとそうですか! あなたがフレミング殿ですか。勇者殿は凄腕の魔法使いを連れているとのうわさは本当でしたな」
将軍は驚き顔で握手を求めてきた。
「凄腕なんて買いかぶり過ぎですよ」
照れくさいが、握手のために将軍に手を差し出す。
「いやいや、砦は難攻不落で、周辺には危険な罠が多数ありましたから悩ましい限りでした。それを一撃で消滅させてしまうとは大したお方ですよ。本当に助かりました」
将軍は社交辞令ではなく心から感謝しているようで、握手した手を激しく上下に振っている。
「恐れ入ります」
「あの一撃、私も胸がすく思いでしたわ」
侯爵の横にいた侯爵令嬢が、目を輝かせて胸に手を当てる。
人質になったのが、よほど悔しかったのだろう。
話を聞いてみると、探知魔法が使える侯爵令嬢は、護衛騎士とともに砦の弱点を探るために接近したところを、巧妙な罠にかかって捕らえられてしまったのだそうだ。
ウェンディは改めて将軍に向き合う。
「将軍、後背の森には注意した方が良いかもしれません。魔族軍は砦と後背の森からの挟撃をたくらんでいた可能性があります」
「なるほど。人質を取られて頭に血がのぼっておりましたが、冷静に考えてみればその通りです。さすがの洞察力ですな」
「さっそく私の兵を向かわせましょう。地の利がありますから、そういった警戒にはうってつけです」
侯爵が部下に目配せすると、十数人の兵士が森に向かった。その後ろを冒険者の一群が追いかけて行く。
「彼らはこの領地の冒険者です。森の中は庭のようなものですから、危険を見逃すことはないでしょう」
侯爵令嬢が楽しそうに解説してくれた。おそらく、普段から親しく交流している冒険者たちなのだろう。
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