第12話 危険物認定
王都に戻ると、僕たちはギルドに顔を出して巨大スライムの討伐を詳細に報告した。
「ご苦労だった。そんな巨大なスライムの話は俺も聞いたことがない。魔族軍が、帝国の体力を削ぐために送り込んだものだろうな」
「ギルマスもそうお考えですか。あれが自然発生したものとは思えませんからね。アランがいなければ、討伐は絶対に不可能でした」
「そいつが王国に入ってこなくて本当に良かった。ところで、それほどの難敵を討伐したのだから、相応の褒賞をもらっているよな。今夜はアランの金で祝勝会と行くか」
ギルマスが革張りの椅子にふんぞり返ってニヤリと笑う。
「とんでもない。僕たちは銅貨一枚だってもらってませんよ。それどころか宿代まで自腹なんですから。祝勝会を開くのなら、ギルマスのおごりですよ」
「なんだと⁉ 大きな功績をあげたお前達に、帝国は褒賞も出さなかったのか?」
ギルマスはとても信じられないという顔をしている。
「巨額の褒賞は出たそうですが、『雷鳴の轟き』に全部持って行かれたんですよ。帝国は『雷鳴の轟き』が巨大スライムを討伐したと認定していて、僕達は奴らの配下に過ぎないとされていました」
「そんなバカな! それじゃ帝国に恩を売ることもできないじゃないか。もう許さんぞ。奴らの冒険者資格を剥奪してやる」
「でも、彼らの悪事を証明するのは難しいでしょうね」
ギルマスの息巻く姿を眺めながら、ウェンディは小さなため息をつく。
「僕達がスライムを火葬にしたのは多くの将兵が見ていますが、『雷鳴の轟き』の配下ではなかったことを証明するものはどこにもありませんからね」
「まったく、あいつらの悪辣さには磨きがかかってきたな。資格剥奪はできないとしても、このギルドからは永久追放だ」
「奴らは遠くへ逃げたそうですから、たいして意味はないですよ」
なげやりにそう答えると、ギルマスは哀れな落伍者でも見るかのような眼差しで僕を見た。
「そうだお前達、気を付けろよ。巨大スライムが魔族軍の差し金だとすると、それを討伐したお前達は侵攻作戦の障害になる危険分子と認定される可能性が高い。排除しようとする動きがあるかもしれないぞ」
眉をひそめた、ささやくようなギルマスの語り口にぞっとする。
「えっ、そんな事ってありますかね?」
「あり得るわね。レッドドラゴンも巨大スライムも討伐したとなると、私が敵将であれば、本格的な侵攻の前に排除すべき障害物リストのナンバーワンに組み込むわ」
「ヤバイじゃないか、それ」
「その通り。外出する時には、常に周囲を警戒しておくことだ。いや、家にいても安心はできないぞ。何か異常があったらすぐに知らせろ。いつでも駆けつけてやる」
「ご配慮、痛み入ります」
ウェンディが深く頭を下げた。もちろん僕も頭を下げる。自分が暗殺の対象になるなんて、今までになかったことだからとても恐ろしい。力になってくれるというギルマスの言葉はありがたい。
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公爵家では、僕は微妙な立場にいる。
ウェンディの付き人だから、彼女の雑用をこなしたり、領地管理を手伝ったりするものと思っていた。しかし、蓋を開けてみると、屋敷の中に僕の仕事は何もなかった。
雑用や身の回りの世話は、メイドや執事が担当するので僕に出番はない。それでも手伝おうとすると、やんわりとお断りされる。「私達の仕事を取らないで下さい」と言われるのだが、どうやら僕がウロチョロしていると邪魔であるらしい。
ならばウェンディの書類仕事でも手伝うかと執務室に顔を出すと、「私が手伝っているので大丈夫ですよ」とマリアが明るく微笑むから、ここでも出番はない。
仕方がないので、訓練場にこもってひたすら魔法の訓練に明け暮れている。
微妙な立場といえば、僕に与えられた私室もそうだ。
付き人は使用人の立場だから、屋根裏の使用人部屋が与えられるものと思っていた。ところが驚くことに、僕には家族用の二階の一室が与えられている。
それは広くて安らげる部屋で、落ち着いたトーンの内装に、深みのあるデザインのベッドや調度類が備えられていた。これが隣にあるウェンディの私室と同じ造りになっているというのだから恐縮してしまう。
公爵家にとって『付き人』は、家族と同等の位置づけにあるからと言われても、僕はあくまでも使用人だから、居心地の悪さと言ったら半端ない。
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巨大スライムを討伐して一か月ほどが過ぎた頃、夜中に微かな気配を感じて目を覚ました。
何物かが公爵邸に侵入している。
館は強力なシールドで常時ガードされているから、それをかいくぐって侵入してくるとなると絶対にただ者ではない。
気配を探りながら廊下に出ると、隣の部屋からウェンディも顔を出して、緊張した眼差しで目くばせをする。
「この階にいるわね」
「うん。魔獣かな?」
「おそらく。近くにいる気配がするけど、姿が見えないわ」
「光学迷彩?」
「そのようね。――そこにいるわ!」
言うが早いか、ウェンディは持っていた剣を真っすぐに突き出した。狙いは良かったようだが、剣先は横に弾かれた。どうやらシールドを張っているようだ。
その方向をにらむと、バリバリの殺気が伝わってきた。
「アイスバレット!」
その殺気に向かって氷結弾を無数に撃ち込む。
それもほとんどが弾き飛ばされたが、幾つかはシールドを突破して敵の身体に命中した。命中した氷結弾は、衝突熱で溶けて体表の光学迷彩を覆うように広がり、敵の輪郭を微かに浮かび上がらせている。
どうやらそいつは狼魔獣のようだ。低く身構えていたが、すぐに凶暴なうなり声をあげてウェンディに襲いかかった。すかさず僕はマイクロファイアーボムを撃ち込んだ。それは米粒ほどの小さな火球とはいえ結構な破壊力があるから、シールドを破壊して狼魔獣の腹に食い込むと、瞬時に業火でその身体を焼き尽くした。
「他に敵はいないみたいだな」
「ええ、この一頭だけのようね」
ウェンディは、床に落ちた狼魔獣の小さな魔石を拾い上げて、じっくり調べている。
「この狼魔獣は、やはり魔族軍の手先のようね。気配に気づけて良かったわ」
「まったくだ。まさかこの屋敷の中にまで刺客が入ってくるとは思わなかったよ」
「私の常設シールドは強力だから、こんな魔獣程度に突破されるはずはないんだけどね」
「つまり、こいつの侵入を補助した敵の魔法使いがいるってことか」
「ええ、あちらはかなり組織的に動いているみたいよ。数人がかりでないとこのシールドは突破できないはずだから」
翌朝、ギルドに狼魔獣の魔石を持ち込んで調べてもらうと、シールド魔法と光学迷彩の魔法が付与されている事が分かった。
「こいつはかなり強力な付与魔法だ。王国の魔法騎士でも、ここまで強く付与できる奴は滅多にいないだろうな」
ギルマスが魔石を光に透かしてにらんでいる。
やはり魔族軍は、僕たちを危険物認定したようだ。
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