第10話 呆れた依頼者

 それから半月ほど経った日の朝、あの『雷鳴の轟き』のサンダーがウェンディの訓練場に姿を現した。

「お邪魔するよ。おやおや、お前らには不相応な訓練場じゃないか」

 サンダーは後ろ手にドアを閉めて中に入ると、ニタニタと周囲を見回した。

あの赤竜の魔石で裕福になったのか、金ぴかのアダマンタイトの鎧を着用している。


「今さら何の用だ」

 僕は不愛想に声をかけた。

 ウェンディも訓練の手を止めて眉をひそめている。

 あんな仕打ちをした相手に、よくものこのこと会いに来られたものだ。

 あれから『雷鳴の轟き』は、この国から姿を消していた。どうやらヤバイ事をしたという自覚はあるようだ。


「アラン、お前に頼みがある。隣のオマール帝国に、村を一飲みにするほどの巨大スライムが現れて大きな被害がでている。俺達と一緒にそいつを討伐してくれないか」

「お前に力を貸すいわれはないな」

「そう冷たくするな。一緒に赤竜を倒した仲じゃないか」

「どの口が言う! そもそも帝国に現れた魔獣を討伐するのは、帝国軍や帝国にいる冒険者の仕事だろうが」


「ところがだな、帝国軍でも歯が立たなくて、皇帝から俺に討伐依頼があったんだ」

「なんで皇帝がお前なんかに依頼するんだ?」

 半端な腕しかないこいつに、皇帝からわざわざ依頼がくるなんてありえない話だ。

「実は、赤竜の魔石を帝都の冒険者ギルドで売ったら、その話が皇帝にまで伝わってな。王国に追いやった赤竜が押し戻されてくることを恐れていた皇帝は、討伐した俺達に勲章と褒美をくれたんだ。だから今度の巨大スライムも、俺達なら倒せると期待されている。皇帝からの依頼だから断れないだろ?」


「それは自業自得というものだ。嘘をついて魔石を売った罰だな」

「何を言う。これはお前のせいだぞ。お前が魔石の権利を放棄するからこんなことになったんだ。責任を取ってスライムの討伐に協力しろ」

 こいつ、清々しいほどに自己中な奴だな。世の中には訳の分からない理屈で我を通そうとする奴が少なからずいるものだが、こいつはその代表格として君臨できそうだ。 


「強引に魔石を持ち去ったのはお前だ。責任転嫁はやめてもらいたい。協力なんてしないから、とっとと帰れ!」

「巨大スライムの討伐ができなければ、帝国は赤竜の時と同じくこの王国に追い立てるつもりだ。あいつは幾つもの町や村を破壊した凶暴な魔獣だからな。放っておくと、この王国にもかなりの被害がでるぞ」

 まったく、サンダーも帝国もどこまでたちが悪いんだ!


「アラン様、確かにこの『でくのぼう』はどうしようもないクズですが、帝国領内でスライムを討伐できれば、王国の民は被害にあわずにすみますね」

 マリアが取りなすように口をはさんだ。

 彼女は僕とウェンディが訓練していると、よく顔を出して横で剣を振っている。騎士になるのが夢だそうだ。


「仕方がないわね。アラン、スライム討伐に行くわよ」

「さすがは勇者様だ。誰かと違って決断が速い」

「ウェンディの指示には従うけど、あまり気乗りはしないな」

 不満顔の僕を横目で見ながら、サンダーがニタリと笑った。

いけすかない野郎だ。


 僕とウェンディは、遠征の支度をしてギルドにおもむいた。

 帝国に現れた巨大スライムを、『雷鳴の轟き』とともに討伐するとギルドに報告するためだ。国外で仕事をする時には、事前に報告するのが決まりになっている。

 ギルマスは、あの『雷鳴の轟き』に協力するのかと呆れ顔だったが、巨大スライムが王国に侵入するのを阻止するためだとウェンディが説明すると、ようやく納得した。


「まあせいぜい、帝国から褒賞金をぶんどってこい!」

「王国民の僕たちが、帝国から褒賞なんてもらえますかね」

「国を災厄から救うんだ。王国民も帝国民もないだろう。王国としても、帝国に貸しを作れるから陛下もお喜びになるぞ」

 本当にそうなるといいけどね。なんか嫌な予感がするんだが。


 サンダーと共に王都を出て、国境を越えて帝国領に入ると、『雷鳴の轟き』のメンバーが待ち受けていた。

 腹立たしいことに、金ぴか鎧に身を固めた彼らは、みんな横柄な態度で接してくる。赤竜の魔石を不当に持ち去ったことを反省している様子なんてみじんもない。

きっと『雷鳴の轟き』は、類が友を呼んでクズばかりが集まった最低なパーティーなのに違いない。


 国境からは帝国軍が用意した魔導車に乗って、帝都近郊の町に向かった。

 その町でスライムが猛威をふるっているそうだ。

 町に到着すると、スライムの異常さに度肝を抜かれた。

 信じられないことに、巨大スライムは東京ドーム並みの大きさがあり、その狂暴さはまさに災害級だった。


 奴は家や樹木を恐ろしい勢いでなぎ倒して進み、動物や植物や逃げ遅れた人々を丸ごと取り込んで消化していく。こいつが通過した後には、草の一本も生えていないというあり様だ。

「スライムがこんなにデカくなるなんて、信じられないな!」

「だよな。倒し甲斐があるだろ?」

サンダーが不敵に笑う。


「このスライムは天然物ではないわね。おそらく魔族国が育てて送り込んできたものよ」

「本格的に侵攻する前に、スライムで帝国内を弱体化させておくつもりなのかな」

 帝国軍は、巨大スライムが帝都に向かうのを阻もうと、死に物狂いで攻撃を仕掛けている。しかし、槍や大剣はおろか、魔剣や攻撃魔法すらもあえなく跳ね返されて、傷ひとつ付けられないでいる。

 なるほど。これだけの巨体が形を保っていられるのだから、表皮は高密度かつ高硬度でシールド並みの強靭さを備えているのは当然のことだ。

 (こいつを倒せって言うのかよ。さすがにビビるぞ)


「サンダー殿、よく来てくださいました。待ちわびておりましたぞ」

 現場の司令部に入ると、軍の司令官らしき人物が嬉しそうにサンダーと握手をした。

「遅くなって申し訳ありません。しかし、『雷鳴の轟き』が到着したからには、必ずあのスライムを討伐してみせます」

サンダーは自信たっぷりに胸を叩いた。

「有難い‼ 帝都が近いので、早急に討伐をお願します」

「お任せください」


 普通なら、このタイミングで協力者の僕たちを紹介すべきところだが、こいつにその配慮はないようで完全に無視を決め込んでいる。

 呆れたウェンディが司令官に挨拶しようと一歩を踏み出すと、サンダーは片手でそれを制止した。何か事情でもあるのだろうか。


「よしみんな、スライムの前まで駆け足で移動だ!」

「「「了解!」」」

 サンダーのかけ声で、チームメンバーは剣を抜いて走り出した。

 仕方なく僕とウェンディも駆け足になってそれに続き、スライムと戦っている帝国軍の最前線まできた。


 スライムと戦っていた数百の帝国軍兵士は、『雷鳴の轟き』が到着するといっせいに場所を開けて後方へと下がった。スライムが自分達の手に余ることを痛感していて、足を引っ張らないように退避したといったところか。


「アラン君、まずは赤竜を倒したという一撃とやらを見せてもらおうじゃないか。その威力が本物なら、赤竜の魔石を売った分け前をやってもいいぞ」

 サンダーはニタニタしながら挑発してくる。

こいつめ、どうせ魔石の分け前なんて渡すつもりはないくせに。いやそもそも、それは全額僕たちのものだけどな。

 ウェンディもサンダーを冷たい目でにらんでいる。


「アラン、最高のファイアーボムを撃ち込んで」

「了解。とっておきの一撃をおみまいするよ」

 とっておきの一撃とは、エクストラファイアーボムのことだ。

 前回これを魔族の砦に撃ち込んだ時には、ウェンディに魔力補助をしてもらったのだが、今は自分の魔力だけで撃てるようになっている。

 深呼吸をして精神を集中させると、身体中の魔力をかき集め、スライムの弱点である核を狙って手をかざした。


「エクストラファイアーボム‼」

 唱えると、真夏の太陽のように灼熱する直径三メートルもある火球が出現し、高速でスライムに向かって飛んでいく。

 固唾を飲んで見守っていると着弾する寸前、スライムの表皮に大きなくぼみができて、それは一瞬でスライムを貫くトンネルに変化した。驚いたことに、火球はそのトンネルを真っすぐに進んで、スライムに触れることなく反対側に飛び出していった。

火球はそのまま後方の森林地帯まで飛んで落下し、激烈な爆発で広大なクレーターを穿っている。


「なんてこった。トンネルでスルーされたよ。こんなのありか!」

「大変! 向こうも反撃してくるわ‼」

 ぼやいていると、ウェンディの鋭い警告が聞こえてきた。

 慌てて森林から巨大スライムに視線を戻すと、表皮の一部がイボのように丸く盛り上がっていて、その先端にバカでかい噴射口ができているのが見えた。


「これって、ヤバイよな……⁉」

 ぞわっと悪寒が走った刹那、そのバカでかい噴射口から大量の液体が射出されて襲いかかってきた。

 その液体を受けた樹木が、みるみる溶けて消滅していく。これはスライムの消化液か何かなのだろう。


 とっさにウェンディが展開した球形シールドのおかげで僕たちは無事だったが、『雷鳴の轟き』の奴らは避けきれただろうか、と振り向いてみて驚いた。

 僕たちの後ろには誰もいなかった! 

 後ろで身構えていたはずの『雷鳴の轟き』が見事に姿を消している。周囲を見回してみるが、帝国軍の兵士達が遠くからこちらを眺めているだけで、奴らの姿はどこにも見えない。


「あいつらいなくなってるぞ。どういうつもりだ⁉」

「サンダーと『雷鳴の轟き』は、最初から私達に丸投げするつもりだったようね」

「とんでもない奴らだな‼」

「ええ、呆れたものだわ。でも足手まといにならないだけましよ」

「確かに」

 そうでも思っていないと、怒りが収まらない。

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