第8話 魔族の砦攻略

 この世界は、地上を人間と獣人とエルフが、地下を魔族が支配している。

 魔族は地下深くに存在する巨大空洞を利用して国を作っているから、地上世界と比べるとその国土は遥かに狭くて窮屈だ。

 そのため農作物の収穫量には限りがあって、養える人口は多くない。必然的に出生制限を繰り返して人口を調整するというつらい歴史を歩んできた。


 いつの時代も、出生制限に対する民衆の不満は根強く、反乱さえも起こしかねない程の大きな問題なのだ。

 歴代の魔王はこの民衆の不満を解消すべく、度々地上の国々を侵略して領土を奪ってきた。百年ほど前には、魔族の領土は地上世界の三割近くにまで膨れ上がっていたという。


 五十年前、その魔族を地下へと追いやるため、地上の国々には勇者が生み出された。神への信仰を司る神殿が、世界中から適性のある少年少女を選び出し、神術を駆使して神の加護を彼らの身体に降すことに成功したのだ。

 そうして生み出された勇者は、当時の魔王を討伐して魔族を地下世界へと押し戻した。それ以来、魔族は地下でおとなしくしている。


 ところが近年になって、かつてないほどに強大な魔王が誕生し、再び地上侵略を企てていることが判明した。

 この王国にも魔族軍の影がうごめいていて、各地で小競り合いが起きている。

それを憂いて、国を守るために神殿が生み出した勇者がウェンディだ。


 秋も終わりに近づいた頃、王国西部の森林地帯に魔族軍の大型要塞を発見したという情報が入って来た。

 冒険者が魔獣を追っているうちに偶然発見したものだが、その報告は王都を騒がせた。これまで王国には魔族の大型要塞が築かれたことなどなかったし、その規模からみて戦略拠点であることは間違いないと考えられるからだ。


 大型要塞は密林から塔のように突き出た岩山の頂にあって、周囲はすべて高低差の大きな断崖絶壁になっている。それゆえ、この要塞の攻略は困難を極めると考えられる。


 今のところ魔族軍は、要塞を拠点にして周辺の町や村を散発的に襲っている程度だが、放置すればやがて本格的な侵略につながるおそれがある。

 一刻も早く要塞を破壊すべく魔法騎士を有する王宮騎士団が派遣されたのだが、予想通り断崖絶壁をよじ登るのに苦戦していて、冒険者ギルドに応援を要請してきた。


 ギルマスは即座に冒険者部隊を編制して、要塞に向けて出陣することを決定した。

ウェンディにも国王陛下から応援要請が届いたので、冒険者と共に要塞に向かおうとギルドに顔を出した。


「冒険者の諸君。王国を守るため、騎士団と共に魔族の侵攻を絶対に阻止しよう!」

 ギルド前の広場で、ギルマスは招集に応じた大勢の冒険者達を鼓舞している。

「おう、奴らを地獄に送り返してやろうぜ!」

「要塞なんか一撃でぶっ潰してやるよ‼」


 何とも威勢のいい冒険者達だが、魔族を甘く見てはいけない。 

 受付のエイナ嬢からの情報によると、魔族の要塞は半端なく頑丈で、上級魔法を駆使した攻撃も簡単に弾かれてしまうというからな。


「こいつは厳しい戦いになりそうだな」

「簡単じゃないのは確かね」

 ウェンディも難しい顔をしている。

 ギルマスは、有力な冒険者が集まると、ただちに王都を出発した。


 冒険者部隊は、王都を出ると街道を進み、密林を抜け、一週間かけて敵の要塞を仰ぎ見る王宮騎士団の攻撃拠点までやってきた。

 騎士団の攻撃拠点は、森の中にひらけた荒れ地の端に設営されている。

 この荒れ地は不自然に丸くて広大だから、大型要塞を築くために魔族が森を切りひらいたものに違いない。


 その荒れ地の中央には塔のようにそびえ立つ岩山がある。岩山の周囲はぐるりと断崖絶壁になっていて、高低差が百メートルはありそうだ。頂上には大きな貴族屋敷ほどもある頑強そうな要塞がでんと築かれている。

 ギルマスは到着早々、騎士団の拠点に顔を出して戦況を確認してきたが、攻略は遅々として進んでいないようだった。


「アラン、これはかなりの長期戦になりそうだぞ」

「予想通りですね。ひとまず拠点の横にギルドのテントを設営して、運んできた物資を放り込んでおきますよ」

「頼む。冒険者たちには、近くに各自のテントを設営するように指示しておく」


 ギルマスは長期戦を想定して、水や食料や武器などを大量に買い占めていた。僕はその全てをアイテムボックスに収納して運んできている。

 ウェンディもギルド用の大型テントを、組み立てた状態のままアイテムボックスに収納してきていた。だからギルマスが指示する場所にポンと取り出して置くだけで、あっという間にギルドテントの設営が終わった。

 そこに僕が運んできた物資を適量放り込んで、ギルドテントの準備は完了だ。

 冒険者達もギルマスの指示に従って、速やかにテントの設営をすませた。


「あれを見ろ! 王宮騎士団が苦戦しているぞ」

 テント設営が終わると、冒険者の一人が要塞を攻撃している騎士の一群を指さした。騎士達は冒険者が到着した時には攻撃を開始していて、懸命に断崖をよじ登っていた。しかし、崖上の要塞から容赦のない雷撃を受けて、次々と転落している。 

 

 幸い、崖下には魔法騎士がクッション魔法を展開しているので死ぬことはないのだが、雷撃に焼かれたり、墜落時に崖と衝突したりで、怪我人が多数出ている。

「これはまずいな。すぐに援護に行くぞ!」

「「「おう‼」」」

 ギルマスの指示に、冒険者達は勢い込んで突撃を開始した。


 だがウェンディは、テントの前からいっこうに動こうとしない。

「どうして攻撃に加わらないんだ?」

「あんな崖をよじ登ったらドレスが汚れるでしょ」

 ウェンディはさらりと言ってのける。今がどんな状況なのか分かっているのだろうか。


「だったら、戦闘ドレスから冒険者の服に着替えたらどうだ」

 言いながら冒険者服をアイテムボックスから取り出してみせる。

 赤竜討伐の時、ドレスが汚れるから戦わないとか言っていたから、今回は念のため持ってきていたのだ。 


「私は公爵家の娘よ。そんな平民の服なんかに着替えるつもりはないわ」

 そう言って、腰までのびたプラチナブロンドの艶やかな髪をかき上げると、平然とした顔で立っている。

(やっぱりこいつ、使えねぇ‼)


「それじゃ、僕はみんなを追いかけるよ」

「待ちなさい。動いてはだめよ」

「ここでじっと見ていろと?」

「そうよ」

 ウェンディはアイテムボックスから椅子を取り出すと、悠然と腰かけて戦況を眺め始めた。


 普段はこんなへそ曲がりなことは言わないのだが、戦闘となると急に態度がおかしくなる。呆れ果てたものだが、使えない勇者様でも主だ。指示に背く訳にはいかないから、椅子の横に立って戦況を見守ることにした。


 断崖絶壁の頂上に存在する大型要塞は強固なシールドで守られていて、魔法騎士や冒険者の魔法使いが強力なファイアーランスを撃ち込んでもびくともしない。

 必死でよじ登る騎士や冒険者も、真ん中あたりまでくると要塞からの雷撃でもれなく撃ち落とされていく。


「これは一方的だな……。こんな要塞、本当に落とせるのかな」

「あの要塞は、魔素を練り込んだ岩石を押し固めて作られているから、とんでもなく頑強よ。そのうえ強力なシールドで覆われているから、もはや難攻不落と言ってもいいわね」

ウェンディは、値踏みするように要塞を眺めている。


「それじゃ勝ち目はないな」

 しばらくすると負傷者が続出したため、騎士も冒険者も撤退を始めた。

おそらく毎度こんなことを繰り返しているから、遅々として攻略が進まないのだろう。どうすればこの手詰まり状態を打開できるかと知恵を絞ってみるが、どうにもいい方法が見つからない。


 みんなが拠点に戻って来ると、ウェンディは優雅に椅子から立ち上がった。

「無事に絶壁から撤退できたようね。アラン、そろそろ仕事をしましょうか」

「えっ、仕事って? まさか僕たちだけで攻め込むつもりか⁉」

 さすがにそれは、無理があるような……。

「そんなことしないわよ。あの丘の上に行くだけ」

 指さす先を見ると、要塞から少し離れた場所に小高い丘があった。


 飛行魔法で飛んでその丘の上に降り立つと、ウェンディは要塞とその周囲を透視するかのように見回している。

「周囲に味方は残っていないわね。今なら大丈夫でしょう」

 ふふっと笑うと、ウェンディは僕の目をのぞき込む。

「アラン、魔力の補助をするから、要塞に最大火力のファイアーボムを撃ち込んで」

 いきなり肩に手を乗せてくるから驚いていると、ウェンディの魔力が大量に流れ込んでくる。身体中が急速に熱くなって、魔力過剰ではち切れそうになった。


「なんだよ、これ⁉」

「魔力転移よ。魔力を補充して攻撃をサポートする魔法なの」

「そんなことができるのか⁉」

「できるわよ。この魔法を使えば、転移された魔力とアランの全ての魔力とを一気に放出できるの」


 なるほど、これだけの魔力量があれば、ハイレベルのファイアーボムが撃てそうだ。ふつうは身体を守るために、魔力の放出は一定量まででリミッターがかかる。だが、魔力転移魔法には身体の保護機能もあるようだから、無理なく全魔力を放出できそうだ。


「今のアランなら、難攻不落の要塞でも確実に破壊できるわ。最強のファイアーボムを撃って!」

「了解‼」

 僕は身体中にパンパンに詰まっている魔力の全てを手の平に誘導すると、慎重に要塞に狙いをつけた。


「エクストラファイアーボム‼」

唱えると、直径三メートルを超える、真夏の太陽のように輝く大火球が、要塞に向かって一直線に飛んでいく。

 その大火球は、敵の強力なシールドを瞬時に破壊して要塞に着弾すると、超新星爆発のように膨大なエネルギーを炸裂させた。

 激烈な爆風と地獄の業火が要塞と断崖絶壁を飲み込んでいく。

 要塞は断崖絶壁とともに一瞬で融解して崩れ落ち、地表には巨大なクレーターが穿たれた。融解した絶壁の岩石は溶岩となってクレーターに流れ込み、大きな溶岩プールを作り上げた。


 しばらくすると、そのプールの中心に渦が生まれ、溶岩が地下に吸い込まれていく。きっと地下に大きな空洞でもあるのだろう。

 溶岩が完全に地下に吸い込まれると、クレーターの底に大きな黒い穴があいているのが分かった。それは完全な円形だから人工的なものと考えられる。おそらく大型要塞の補給路として掘られたものだろう。だとすると地下に敵が潜んでいる可能性もあるが、大量の溶岩が流れ込んだのだから、さすがに無事ではいられないはずだ。


「素晴らしいファイアーボムだったわ」

「ありがとう。ところで、ウェンディって透視か何かできるのか?」

「ええ、探知魔法が使えるわよ」 

 なるほど、これでようやく謎がとけた。


「今の攻撃は、味方が一人残らず撤退していないと実行できないものだった。味方をこの惨事に巻き込む訳にはいかないからな。だからウェンディは味方の撤退を待って、探知魔法で逃げ遅れがいない事を確認した上で、ファイアーボムを撃ち込むという計画を立てた。といったところか?」

「正解よ。良く分かったわね」

「その作戦は、ここに着いた時に決めたのか?」

「そうだけど、何か変かしら」

「なるほどね。だったら、味方の撤退を待ってファイアーボムで攻撃する作戦だと、最初から教えてくれればいいのに。突撃に加わらない理由を、ドレスが汚れるからとか、平民の服は着ないだとか言われると、根性がねじ曲がっているのかと思うからな」


 根性がねじ曲がっているというフレーズに、ウェンディはひどく動揺した。

「わ、私は、勇者にしてくださった教会の司教様から、戦闘で冒険者を指揮する時には、貴族の権威と威圧を使えと教えられたのよ。それを精一杯守っているだけなのに、どうしてそこまで言われるのかしら……」

 つまりそれが問題なのだ。


「冒険者の中には『雷鳴の轟き』のような癖の強い奴らもいるから、権威と威圧で強引に引っ張っていく方が上手くいくこともあるだろう。だけど上級冒険者とパーティーを組むのであれば、説明と情報共有を欠かすべきではない。それがないと信頼関係なんて築けないから、パーティーが成果をあげることは難しくなる」

 ウェンディは目をパチクリとさせた。

 今までそんなことは考えてもみなかったという顔だ。


 勇者にとって教会の司教は絶対だ。その教えに疑問を抱くことは許されない。だから実戦で不具合が起こっていても、その教えを疑うことはなかったのだろう。

「考えてみれば、アランは冒険者ではあっても伯爵家のご子息だから、貴族の権威や威圧を使っても意味がなかったわね」

「いや、今までのパーティーメンバーにも意味はなかったと思うぞ。権威や威圧で冒険者を動かそうとするのは間違いだから、やめた方がいいな」


 上級冒険者が、そんなリーダーの話なんてまともに聞くとは思えないから、今までのメンバーはウェンディの指示を無視して自己判断で動いていたはずだ。それでは歯車がかみ合うはずもなく、作戦が不名誉な失敗に終わっていたのも無理はない。

「――――そうね。上手くいっていたとは言えないものね」

これまでは間違った教えを信じて行動していたから、傲慢で使えない勇者だと思われていたのだ。

 ウェンディは考え込んでいる。信じていた価値観を変えるのは、簡単なことではないからな。


「戸惑ってしまう気持ちは良く分かる。焦らずにゆっくり考えるといいよ」

彼女は賢い人だから、きっと理解してくれるに違いない。

「えっと……、アランは本気で私の根性がねじ曲がっていると思った?」

おずおずと見あげてくるから、その言葉に少なからぬダメージを受けているようだ。

「司教様が原因だって分かるまでは、正直そう思っていたかな」

「そうですか……。今までのパーティーメンバーも、きっと同じように思っていたのでしょうね」

 ウェンディは大きなため息をつく。


「これからは説明と情報共有を、お願いできるかな」

「ええ、忘れないように肝に銘じるわ。アランは、これからも一緒に戦ってくれる?」

「もちろんだよ」

「ありがとう、ほっとしたわ。それでは、負傷者の傷を治しに行きましょうか」

 ウェンディは気を取り直して優しく微笑む。

「了解だ」

 理解してもらえて良かった。付き人とはいえ、頭ごなしに命令されるだけでは的確な状況判断はできないからな。

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