#16 湖に集う者たち

湖畔に、風がさざ波を立てる。


初めてのオルカヌーレースを目前に、騎手たちの練習は最終段階に入っていた。




だが、ただの練習ではない。


すでに駆け引きが始まっていた。




「白は真面目すぎる。あれ、指示通りにしか動かないから、逆に読まれやすいぞ」


「黒は負けず嫌いだ。前に誰かいると、勝手に加速する。あれ、煽りに使える」


「赤は直線で爆速だけど、カーブは苦手。緑に並ばれると焦るんだよな」


「黄色はスタートだけ異常に速い。あれ、最初に逃げ切るタイプだな」


「緑はカーブの鬼。あの子、岩場で笑ってたぞ」


「青だけまだよく分からない。風に乗るのか、気分屋なのか……ミネス次第かもな」




騎手たちは互いのオルカヌーの癖を見抜き、乗り方に工夫を凝らし始めていた。


ターンのタイミングをずらしたり、わざと接近して黒を煽ったり、白の動きを読んで先回りしたり――湖面では、すでに心理戦が始まっていた。




観覧席では、町人たちが好き勝手に予想を立てていた。




「赤が直線で抜けるけど、緑がカーブで追い抜く。そこに黒が突っ込んでくるんだよ!」


「いやいや、黄色がスタートで逃げて、白が後ろからコツコツ追い上げる。青は……最後に全部持ってくタイプだな」


「黒が暴走して、赤とぶつかる。そこを緑がスルッと抜ける。青はその後ろで風を読んでる。見えるぞ、俺には」




「青はミネスさんが乗るから特別なのです。あれは湖と対話をしているのですよ」


「楽団のファンファーレ、青のテーマっぽくない?つまり、青が勝つってことだよ」


「いや、青は勝たない。勝たないけど、最後に何か持ってくる。そういうタイプだ」




湖畔はまるで市場のような賑わいだった。


事実も憶測も妄想も入り混じり、誰もが“自分だけの展開”を信じていた。




土産屋の三兄弟も忙しく立ち回っていた。


マーカスは実況台の調整をしながら、町民の噂話をメモしていた。


ムウノスは魔道具の調整に追われ、記録石の容量を増やしていた。


ミネスは青のオルカヌーに語りかけながら、静かに笑っていた。




「今日の君はどんな風に走るつもりだい?」




湖西の楽団は、湖の風と波をイメージしたファンファーレを完成させた。


試奏された旋律は、まるで湖が目を覚まし、物語の始まりを告げるようだった。




そして――




太陽が昇る。


旗が立ち、屋台が開き、魔道券売機が起動する。


観覧席には人が集まり、騎手たちは色とりどりの法衣をまとって並ぶ。




この世界で、初めてのオルカヌーレース。


風と水と、魔道と祈りと、オルカヌーの鳴き声。そして人々の想像と期待が交差する日。




ミネスは、青の角に手を添えた。




「さあ、始めよう。湖が選んだ、この物語を」

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