#7 魔道工房の麒麟児

魔道具屋の工房は、いつも通りの空気が漂っていた。


僕――ムウノスは、奥の作業机に図面を広げて、魔力の流れを計算していた。




「楕円……いや、もう少し角を丸めた方がいいか。ターンでオルカヌーが滑るなら、急角度は危ない」




昨日のレースを思い出す。




「中央は走らないように外側と内側で二重にしてしまえば緩やかなカーブを描いて走ることになる」




レースは面白かった。けど、楕円にするってことは奥が見づらくなるかも。


湖面が広すぎて、どこを走っているのか分かりづらいし、観客が増えたら僕なんか前の人で見えなくなるかもしれない。




「だったら、観客席も作っちゃえばいいか」




僕は魔力制御石を追加で取り出し、障壁展開用の魔道具に連結させる。


魔道障壁の応用で、浮遊式の観覧席を作る設計に切り替えた。


段々になるように席を設ければ立ち見の人は簡易レースの時みたいに地面でもいいか。


それにしても石、多めに必要かも。




工房の職人がちらりと僕を見て、笑った。




「ムウ、また面白いこと考えてるな。今度は何を作るんだ?」


「湖に……競技場を作る。オルカヌーで走るやつ。観客席もつける」


「ははっ、また突拍子もないことを。でも、お前ならやりかねんな」




うん。兄さんたち、楽しそうだったな。


僕はもうじっとしていられなくなって図面を巻き取り、魔力制御石と障壁展開用の魔道具を抱えて工房を飛び出した。


勢いのまま、湖へ走る。




湖畔に着くと、昨日のレースの余韻がまだ残っているようだった。


僕も楽しかった。昨日はとても。今も。これからはもっと。


水面は静かで、オルカヌーたちがぷかぷかと浮かんでいる。




「よし……やってみよう」




僕は魔力制御石を湖の端に埋め込み、障壁展開装置を起動した。


魔力が走り、湖面に淡い光の輪が広がる。




「展開……開始!」




楕円形の魔道障壁が、湖の一部を囲った。


透明な壁が水面に沿って立ち上がり、周回コースが浮かび上がる。


さらに、湖畔の一角には浮遊式の観覧席がせり上がり、魔力で安定した足場が形成される。




その瞬間――




「おいおいおい! 何してんだムウ!?」




マーカスの声が響いた。


僕が振り返ると、兄二人が町の人々を連れて湖畔に立っていた。




「えっ、もう作ったのか!?」


「うん。昨日のレース、ちょっと見づらかったから。観客席もつけた」


「試してってレベルじゃないだろ! これ、もう完成してるじゃん!」




町の人々もざわつき始める。




「なんだあれ……湖に壁ができてるぞ!」


「観覧席まであるぞ! 魔道具か? 競技場って言ってたやつか?」


「昨日のレースの続きか!?」




僕は少し照れながら、でも胸を張って言った。




「これが、オルカヌーレース場。試作だけど、ちゃんと周回できるようにしたよ。見やすさも考えて、観客席も浮かせてみた」




ミネスが僕の肩を叩いた。




「ムウ、最高だよ。これなら本格的に始められる」




マーカスも笑っていた。




「よし、じゃあ次は……賭け屋の準備だな。町の連中、絶対乗ってくるぞ」




湖面には昨日と違う熱気が漂い始めていて、僕はまたじっとしてはいられない気分になった。

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