第四夜 協心
日本独立党の訓練施設。荒川河川敷沿いに立つ、かつて物流倉庫として使われていた広大な建物だ。大型トラックが何台も自由に出入りできるほどの屋外訓練場と、静かで集中できる屋内訓練室が併設されている。
尊は煉と葵、そして詩織が待つ一室へと向かった。部屋の空気は、会議室の重苦しさとは異なり、どこか張り詰めた期待感に満ちている。
詩織が静かに頷き、尊に視線を向けた。
「さて、尊。改めて、煉と葵に話をしておくれ」
尊は二人の顔をまっすぐに見つめ、深く頭を下げた。
「煉、葵。……苦しい記憶を思い出させるかもしれない。それでも、もし可能であれば、俺に戦闘訓練をつけてほしい」
煉は尊の言葉に、迷いなく頷いた。
「もちろんです、尊さん。僕は、あなたの力になりたい」
葵もまた、瞳を輝かせながら力強く答える。
「私自身を救ってくれて、友達も助けてくれて……それ以上に強くなりたいって思うお兄ちゃんに、力を貸さないはずがないよ!私も、もっと強くなる!」
尊は二人の温かい言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、二人とも……!」
詩織は、尊と茉奈に改めて向き直った。
「改めて言うが、お前たちは急に覚醒したことで、まともな訓練も受けず、力をなんとなく使っている。それは本来、危ういことじゃ。尊が力が何たるかを知った時にさらなる能力が急に開花したように、基礎から知る必要がある」
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場所を屋外訓練場に移し、尊の訓練が始まった。
詩織は尊に指示を出す。
「尊、お前は太陽の下では覚醒できん。じゃが、その状態でも一般人よりは能力が高いはずじゃ。まずその状態でどこまでできるのかを知り、基礎能力が上がると覚醒後どのような変化が現れるのかを知る必要がある」
そして、煉と葵に視線を向けた。
「葵、煉よ。申し訳ないが、尊に基礎から、型から教えてやってくれ」
煉と葵は、尊を相手に模擬戦闘の型を教え始めた。尊は覚醒状態ではなくても、意識を集中すれば多少時間を圧縮することができる。煉の細かな動き、葵の素早い体捌きを、常人の目の倍以上のフレーム数で捉え、自分のものにするために必死に吸収していく。それは人の数倍の訓練をこなすことを意味し、その分、尊の疲労は激しかった。額からは汗が流れ落ち、息は荒い。しかし、その瞳には強い意志の光が宿っていた。
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同じ頃、屋内訓練室では、茉奈が詩織の指導のもと、精神統一の訓練を開始していた。
茉奈は目を閉じ、深く呼吸を繰り返しながら、自分の中に意識を落としていく。
詩織が優しく語りかける。
「神子の力は、巫女の上位互換となっていた。世界の先を見通すことができる巫女の上位互換であれば、まずは巫女と同じ訓練をすべきじゃ。世界の流れと繋がり、人の心を感じ取る力。その中で自分を形どる力を高める。まずは、一番強く繋がっている人の心を感じてみよ」
茉奈は詩織の言葉に従い、意識を集中させる。すると、離れて訓練している尊の焦り、悔しさ、そして「もっと強くならなければ」という強い意志が、まるで自分のことのように鮮明に流れ込んできた。彼の感情の奔流が、茉奈の心に直接響く。
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尊の激しい感情に引きずられそうになる茉奈だったが、詩織のアドバイスを思い出す。
(この繋がりを、逆に利用する……!)
茉奈は、荒れ狂う奔流を鎮めるような、穏やかで清浄な意識を尊に向けて送り始めた。
屋外訓練場で、煉と葵の二人がかりの猛攻に追い詰められ、焦っていた尊は、突如として頭の中がクリアになるのを感じた。無我夢中だった力の流れが穏やかになり、まるで霧が晴れるように視界が開ける。
(これは……茉奈の……!?)
尊は直感的に、茉奈との精神的な繋がりを意識した。落ち着きを取り戻し、二人の攻撃一つ一つを丁寧に処理し始める。反撃まではできないにせよ、受け流して隙を伺うことができるようになってきた。
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夕暮れ時、訓練はさらに激しさを増していた。
茉奈の感知能力は飛躍的に向上し、この施設にいる人間すべての位置と状態を無意識に把握できるようになっていた。さらに、ここから20kmほど離れた所沢航空管制部ぐらいまで、広域の状態を把握できるようになったのだ。御殿場の時の倍以上の距離である。
広域に目を向けていたその時、急に茉奈の心が乱れた。
(尊に、何かあった……!)
尊に意識を戻すと、煉と葵が一段とスピードを上げ、尊は再び追い詰められていた。
尊は、煉と葵が自身の成長に合わせて少しずつ速度と威力を上げてくれていたことを理解していた。しかし、ここにきてさらに一段上がり、ついていくのが精一杯の状態だ。どうしても焦りが生まれ、心が乱れ、泣きが入ってきそうになる。
(茉奈が見てると思うと、泣いてられない……!)
茉奈も大変な状態なのに、自分に意識を向けてくれている。それだけでありがたい。茉奈には本当に感謝だ。
そんな余裕が生まれてきたところで、「トクン……」と、茉奈の存在が急に近くに感じられた。
その瞬間、日が落ちたことも相まって、尊は模擬戦中ながら覚醒した。黒髪が漆黒に染まり、瞳には黒い光が宿る。茉奈のリンクがあれば、日が落ちた環境下で「黒髪化(神使化)」できることが判明したのだ。
神使化したことで、今度は力を制御する必要性が出てくる。
(力に振り回されるな!)自分を鼓舞する!
たが、力が揺らぐのを煉は見逃さなかった。
「力に飲まれないで、尊さん!暴走しそうになってる!守りたいものも、自分でダメにするよ!!」
煉の言葉は、尊の心に深く突き刺さる。煉や葵の攻撃も手加減がなくなり、本気の一撃が乗ってくる。
尊は茉奈との繋がりを強く感じながら、初めて「神使」の力を意識的に細かく制御した。煉の攻撃の軌道を鋭く見切り、左腕にためた力で防ぎ、カウンターで一撃を入れることに成功する。もちろん、右腕には一切力は乗せていない。必要なところに、必要なだけ、力を分散させることができるようになったのだ。
一撃を受けた煉は驚きつつも、すぐに満足げな笑みを浮かべた。
「さすがです!でも、ここからが本番ですよ」
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訓練後、夕闇が完全に降りた訓練場で、尊と茉奈が顔を合わせた。
尊は茉奈に歩み寄り、心からの感謝を伝えた。
「茉奈……ありがとう。お前がいてくれたから、俺は……」
茉奈は尊の言葉に、優しく微笑んだ。
「尊が頑張っているのが伝わってきたから。私も、尊の力になりたかったんだ」
二人の手と手が、自然と触れ合う。その温もりは、単なる力の源ではなく、互いを支え合う確かな絆の証だった。彼らの絆は、この厳しい訓練を経て、新たな段階へと進んだのだ。
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