第四夜 巫女
事務所の薄暗い室内に、静かな緊張が漂う。
茉奈はまだ息を整えている。黒髪の巫女は鋭く睨みつけ、揺れる髪が空気を切り裂く。俺も、意識的に呼吸を整え、視線を向けた。
「……さて、不思議な黒髪よ。すまなかった。だが、なぜこんなことになった?」
「それはこっちのセリフだ。」
俺は駅前で受け取った紙切れを見せる。
「こんなもの渡されたら、乗り込んでくるかもしれないってことぐらいわかるだろ?」
メモ書きに目を通した黒髪の巫女は黙り込んでしまった。
大丈夫か…?
「…………丁重にもてなせっていったじゃろ!」
怒気に呼応するように黒髪がわずかに逆立った気がした。
「黒髪が見つからないから女を拉致すりゃ来るかと思ったけど…実際来やがりましたぜ?」
新宿で下品な言葉を茉奈に投げかけてたやつが委縮しながらあほな言葉を口にする。
「こいつら……」
部屋に沈黙が落ちる。黒髪の巫女が頭を抱えている。
あほな部下を持つと大変だな…
「そちらの娘もすまなかったな。怪我はないか?」
気を持ち直した巫女が、茉奈に向きなおして言葉を投げかける。
「縛られた跡が少し擦れたくらいだから問題ないわ。」
茉奈が無事で本当に良かった。
「いろいろと聞きたいことがあるだろう。迷惑をかけた詫びに、できる限り応えようと思うのじゃが…」
黒髪の巫女は言いったあと少し間を開け
「少々時間をくれないか?こやつらを病院に行く手配だけつけたい…」
「あぁ…」黒髪の巫女の提案に軽くうなずく。
自業自得ではあるものの、壁にたたきつけた奴、床にたたきつけた奴、それぞれおそらく命には問題が無いものの結構ダメージは大きいだろう。
茉奈と目が合った。手が震え、肩が小さく揺れる茉奈。俺の胸の奥がまだざわついているのを察してか、心配かけまいと無理に笑顔を作り、「ありがとう」とだけつぶやいた。
事務所内で暴れたため、片づける必要があるのはけが人だけでなく書類やらなんやら散らばってしまった。急遽呼び出されたと思われる党員たちがバタバタと片づけている。
「意外と人数いるのね…」
「そうだな」
室内であるが帽子とフードで黒髪をかくした状態で、部屋の隅で目立たないように茉奈と話をしながら、事務所内の様子をうかがう。
30分ほど経ったころ、黒髪の巫女が近寄ってきた。
「待たせてしまってすまない。わしの部屋で話そう。」
そういって、俺たちについてくるよう促す。
こじんまりとした事務所だと思っていたが、意外と奥があったようだ。
廊下の突当りから1つ手前の扉を開け中に招き入れる。
巫女の格好をしているからか、てっきり和風なテイストかと思っていたが、予想は大きく外れた。
天井からは小ぶりなシャンデリアがつるされており、猫足のヨーロッパテイストな家具で統一されている。座るように促されたが、政党事務所と巫女装束と不釣り合いな内装とのギャップにあっけに取られてしまい、座ることを忘れていた。
「どうした?」
「いや、ちょっとギャップがありすぎて。この部屋の内装って…」
「わしの趣味じゃが?」
「ですよね…」
ちょっとしたやりとりの後ソファーに腰を掛けると、間もなくして紅茶が運ばれてきた。
応接のテーブルに、三つの紅茶が静かに置かれた。香りが柔らかく、部屋全体に広がる。
まなは我慢できず、自然とカップを手に取り、香りを確かめるように口をつけた。
「……あ、美味しい」
その小さな声に、尊も思わず視線を向ける。茶葉について詳しくはないが、良いものに違いないと直感する。
黒髪の巫女は意外とフレンドリーだった。
「あぁ、このティーカップ?18世紀のフランス製でな。某オークションで落としたんじゃ」
聞いてもないことも説明してくれる。
黒髪の巫女は二人の様子をじっと見つめ、微かに笑みを浮かべた。
「やっと落ち着いたか?」
その言葉に、尊は小さく肩をすくめ、緊張の糸が少し解けたことを実感する。まなも紅茶を手にしながら、ようやく空気が和んだことを感じた。
「水城茉奈、藤堂尊。
党員が先走ってしまい本当に申し訳なかった。おぬしらに怪我が無かったことが本当によかった。今後はおぬしらに対しては丁重に接するようにきつく指示するゆえ、今回は水に流してもらえないだろうか?」
黒髪の巫女が改めて頭を下げる。
こっちを向く茉奈に軽く頷く。
「こっちは大きな怪我をしたわけではないし、誘拐なんてレアな体験できたし、とりあえず知りたい情報を教えてもらえたらそれでいいわ。」
強がっているが茉奈がそれでいいなら俺はあえて口は出さないでおく。ただ内心本気で心配した俺の気持ちはどうしたらいいのか…
「尊、おぬし実戦は初めてじゃろ?命を張って助けたか…悪くない」
黒髪の巫女は満足そうに頷いている。
「ところで、私たち名乗ってないわよね?」
不思議がる茉奈。
「ここは、日本独立党じゃからな…」
その試すような笑みは友好とも挑発とも取れる曖昧さを含んでいた。
黒髪黒目の光が一層怪しさを増長する。
「さて、どこから話すべきかのぉ…」
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