第4話 影の男
そうしてセレスティアとこっそり会話を重ねていくうちに、ディータはセレスティアに心惹かれるようになっていった。
なるべくしてなったとしか言いようが無い。
セレスティアを慰め、フォローをし、その身の安全を守ってきたのだ。
休む事もなく。
休暇を取るのは断った。
どうせ休んでもセレスティアのことが心配で気になるために落ち着かず、体を休める所では無いのだ。
自分にしか出来ない仕事や、セレスティアから直接頼まれたお願い事がある時だけは、仕方なく…致し方なく!セレスティアの護衛を交代したのだが。
ディータがそうまでして大事に大事に守り抜いたこのお姫様は、今はこうして自分の小屋に滞在している。
こんな状況だというのに、その事実に、ディータは相当浮かれていた。
既に影の仲間には今後の方針を伝えてあるし、根回しは済んでいる。
正直この場所が見つかるとは思えないし、セシルの手の者がここに来ることはないだろう。
ディータとセレスティアは時が来るまで、ここでのんびり、待つだけだった。
******
セレスティアを一先ず部屋に案内して休ませている間、ディータは手紙を纏めていた。
各地に散らばった仲間達からの定期報告の手紙で、先程魔術を使った連絡鳥によって届けられたものだった。
セレスティアは現在、追放され移送される途中で賊に襲われ、行方が分からないことになっている。
腹芸の上手いフェアバンクス公爵には、セレスティアの無事を知らせてあるのだが、今はまだ身の危険ゆえに公爵邸には戻せないことに了承を得られた、と。
公爵は引き続き『居場所は分からない、セレスティアは連絡も無い』と憔悴した様子を見せているとのことだった。
公爵家の直属の護衛騎士団には何も知らせず、必死の捜索を行わせているという事だった。
本気で心配しているだろうし可哀想だが、どこから情報が漏れるか分からない以上、これは仕方の無い事だろう。
セレスティアを襲った賊達はセシル第一王子の手の者だったらしいとの噂話は、既に方々に撒かれている。
これもディータの指示だった。
セシルは今頃その火消しに必死なことだろうが、こちらはそうした工作の専門家だ。
その専門家がわざわざ付けて回った噂の業火を消せる訳などないのだ。
何より、全て事実である。
どう考えても自業自得というものだろう。
王子の浮気相手である令嬢を冷遇したから国外に追放だ、などと道理に合わないことをしたのがパーティーだった為に、その暴挙は大勢の貴族達に目撃されている。
もう既に、何も言い逃れはできなかっただろうし、今更そんなつもりじゃ無かったと言っても通じないだろう。
セシル第一王子殿下は、気分次第で理不尽な処断をするのだと、皆の面前で示してしまっていた。
そもそもこれまでも、サボり癖のあるセシルの代わりに、大変な公務を頑張ってきたのはセレスティアだったし、この頃のセシルからのセレスティアへの扱いがまともで無かったのは、元より皆の知るところだ。
証言も証拠も、事欠かない有様である。
今後のセシルの動向は、品性の宜しくない手合いの新聞記者が追いかけるよう手配してあるし、こちらは宰相閣下がちゃんと指示するだろうから、心配せずとも良いだろう。
粘着質で手段を選ばない類の記者なのだと聞いている。
そんな相手に付き纏われて、その対処に手間取っている間は、こちらが動きやすくなるというものだ。
セシルの評判が落ちるところまで落ち切った頃には、両陛下も戻られるはずである。
そうすればきっと、セシル第一王子は廃嫡が決まるし、セレスティアとの婚約も正式に、セシル王子の有責での解消となるだろう。
なんの罪も無いセレスティアの命を狙った事で、罪人として処刑となるのかどうかは、今の状態では判断が付かないが。
ディータとしては、そのくらいの処罰はされて当然だろうと思っている。
人の命を軽く見るような輩には、それ相応の罰が相応しかろう、と。
その後のセレスティアが、悪意ある噂話に心痛めることがないよう、ディータは、噂話を誘導するよう指示を出すことにした。
******
ディータがそうこうしていると、カチャリと部屋の扉の開く音が聞こえ、眠っていたはずのセレスティアが、目を擦りながら顔を出した。
パーティー会場からそのまま近衛騎士達によって無理矢理に馬車へと詰め込まれ、移送されることとなったセレスティアは、当時当然のことながら豪華なパーティ用のドレス姿であった。
ここはセーフハウスで、ディータ個人の持ち家だ。
誰にも知られていない家のため、当然侍女やメイドなんてものは存在しない。
セレスティアが寝る前にドレスから着替えさせたのだが、その時は仕方なく…本当に申し訳なく思いつつも、ドレスとコルセットを脱ぐ手伝いだけは、ディータが行った。
流石に着せるのは不味いだろうと、そちらは自力で頑張ってもらうしか無かった。
とはいえ、ここには急遽来たために、ご令嬢の着るような簡単なドレスなどの用意は一切されていない。
なので今のセレスティアは、ディータの予備用のシャツ一枚と、上にバスローブを羽織っただけの姿となっていた。
「刺激が強い。」
ディータがボソリと呟いた。
セレスティアの耳には届かなかったようで、彼女は首を傾げている。
それを見て、ディータは話を逸らすように話しだす。
完全に誤魔化そうとしていた。
「まだゆっくり眠っていても良かったんですよ?」
「えっと、少し喉が渇いて…お水を貰えるかしら?」
「あ。あー、…気遣いが足りず申し訳ないです。
完全に色々動揺してて忘れてました…。
今お茶でも淹れますね。
あまり上手いとはいえなくて、味の保証は出来ないんですが。」
本気で忘れていたのだろう、ディータがハッとしたように目を見張るのに、それを珍しげに見つめるセレスティアは、ふふっと小さく微笑んだ。
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