その40
「私はずっと〝あいり〟が好きだった。もちろん物理教師ともつきあってないし〝あいり〟のことをうざい、鬱陶しいなんて思ったこともなかった。〝あいり〟が手紙をくれたことも知らなかった」
王女が芽衣の口を経て戸惑いの言葉を漏らす。
その時、校長室の天井が明滅した。
見上げる凌順と〝ひゅん〟――そして、芽衣に憑依した聖依に声が語りかける。
「その嘘をつき続けたのはねーたんの〝りま〟だし」
巨大スクリーンと化した天井全体に映っているのは〝れま〟だった。
その周囲には、おそらくは全校生徒に当たるだろう無数のロクデナシがざわざわと集まっているのが見える。
天井の大画面で〝れま〟が続ける。
「〝りま〟は〝あいり〟が好きだったんだし。でも〝あいり〟が聖依ばっかり気にしてるから面白くなかったんだし」
さらに。
「ありもしない嘘の噂をながして孤立させたのも、聖依に〝あいり〟に相談するのをやめさせたのも、メモを回して放課後のホームルームをやめさせようとしたのも、聖依をかばう〝あいり〟に野次を跳ばしたのも全部〝りま〟がやったことだし」
その言葉に凌順は思い出す。
確かに霧の中で芽衣から聞いた〝れま〟の姉〝りま〟の別名は〝嘘つき〟だった。
友人を奪うためにありもしない嘘で距離を離れさせるというのは男同士でも大人社会でもよくあることで、聖依と〝あいり〟はその謀略にはまったのだ。
〝れま〟が思い出したように付け足す。
「あ、そうだ。〝あいり〟から聖依への手紙を盗んだのは〝れま〟だし。ぎゃは」
そう言って笑ったあと、一転して真顔になる。
そして、ずいと顔を寄せる。
「ということで大発表タイムだし。〝れま〟の最終プロジェクト完成の巻だし」
世界の境界から覗き見た〝れま〟たちの言っていた〝もうひとつの計画も進行中〟という言葉が凌順の頭によぎる。
結局わからないままだったその計画が明かされようとしている。
それは――。
「今からこの校舎ごと別世界へ移転するし」
画面が切り替わり巨大な魔法陣が現れた。
「天井からのドローン映像だし」
床に描かれた巨大魔法陣の周囲を取り囲んでいるロクデナシ群といっしょに頭上を仰いだ〝れま〟が自分はここだと両手を振っている。
「エネルギー充填中だし。もうすぐ終わるし。終われば即座に自動で稼働するし」
その魔法陣に〝ひゅん〟がうなる。
「バカな……そんなことが……」
いつにないその口調から、この魔法陣がかなりやばいものらしいことを察した凌順が先を促す。
「なにが? なにが? なにがそんなに……」
〝ひゅん〟が震える声を絞り出す。
「あの魔法陣に書かれている転移先は現実世界。つまり、凌順や王女様や芽衣様の生まれた世界になっている」
「なななななんだと」
慌てる凌順に続ける。
「それだけじゃない。あの魔法陣は二相型だ。世界間だけじゃなく時間も超えることができる」
慣れない言葉を凌順は必死に理解する。
「つまり、現実世界の別の時代に行こうとしてる、とか?」
「そう。あの魔法陣の行き先は……百万年過去の現実世界だ」
そして、天井を睨み付けたまま拳を握って声を絞り出す。
「私たちが完成できなかった時間を超える魔法陣をたったこれだけの期間で……」
「それがオマエら猫と天才になった〝れま〟の違いだバーカ。一緒にしてんじゃねえし」
画面が切り替わりバストショットで嘲笑う〝れま〟に凌順が怒鳴る。
「百万年前に行ってなにをするつもりだっ」
率直な疑問だった。
聞いてどうなるわけでもないだろうし、聞いても理解できないかもしれないが、魔法陣の行き先が自分の生まれた世界と知った以上は、聞かないわけにはいかなかった。
〝れま〟が涼しい顔で答える。
「オマエら現生人類を滅ぼすに決まってるし」
「できるわけねーだろ」
凌順は本心から思った。
校内にいるロクデナシがいかに異能力をもってようとその総数はたかが知れている。
こいつら地球の広さを舐めてんのか?
確かに現代の現実世界で現生人類を滅ぼそうとしたら米軍や国連軍が黙ってないだろう。
そういう意味では百万年前を標的にしたのは正しいかもしれない。
しかし、相手が百万年前の〝文明を持つ前の人類〟だとしても、ロクデナシに世界征服が果たせるとは思えなかった。
しかし〝れま〟は当然のように。
「できるし」
そう言うと、かつて〝なぎー〟から奪ったヒスイをかざす。
「これと、もうひとつの秘密兵器があるし」
〝ひゅん〟がその言葉に耳をぴんと立てる。
「秘密兵器だと?」
〝れま〟が慌てる。
「あ、しゃべっちゃったし。秘密なのに。でも、もういいか、ばらしても」
画面がパンして映し出された物に〝ひゅん〟が息をのむ。
それは管理局にあった発光結晶体の欠片に無数のケーブルと複雑な機械部品をごちゃごちゃとつないだ装置だった。
〝れま〟がにやにやと問い掛ける。
「おい猫。オマエならこれがなにかわかるし?」
「机上に広げていた設計図の……発光結晶体制御装置か」
「猫、正解」
〝れま〟が〝ひゅん〟に感心したような表情を向ける。
「管理局から逃げる時に削り取った結晶で作ったし。ヒスイとこれがあれば原始時代だろうがあっという間に文明生活を再開できるし。なにしろ猫ですらあんな都市を作って運営できるくらいだし。〝れま〟たちがこれ使って進化したら猫以上の文明を発展させられることは確実だし」
〝ひゅん〟が睨み付ける。
「そうやって仮に現生人類を滅ぼしたところで、ロクデナシだけでどうやって世代をつなぐつもりだ」
凌順も気付く。
そりゃそうだ、雌雄そろってる猫とは違ってロクデナシは女しかいないのだ。
しかし〝れま〟の答えは。
「心配無用だし。発光結晶体からの光を制御することで様々なパターンの進化ができることを試したし。単純に寿命を伸ばすこともできれば遺伝子レベルでの性転換だってできるし。それどころか、クローニングで分離・増殖できるミュータント化も可能だし。そのための制御装置だし」
その言葉に凌順は〝はるの〟や〝ももな〟の強化施術を思い出す。
あれはコントロールした発光結晶体からの光によるものだったのではないのか、あのふたりは発光結晶体からの光によって強制的に、そして、偏向的な進化をさせられた実験体だったのではないのか。
そして、凌順は絶望する。百万年前の世界で、発光結晶体によって人知を超えた存在と化したロクデナシによって現生人類が滅ぼされることに。
凌順の生まれた世界――その世界における人類史は根底からリセットされるのだろう。
……ん?
そこまで考えて気付く。
いやまさか……、でも、やっぱり……、どうなんだろう……、ふつうに考えれば……、でも〝れま〟が自信満々ということは……、聞いてみようか……、でも、まちがってたらバカにされそうだしな――そんなことを頭の中でぐるぐる迷って、結局、聞いてみることにする。
ただ、こっちがまちがってる時に恥をかかなくてすむようにあくまでも謙虚に。
「あのさ……ひとついいか」
下手に出る凌順に〝れま〟は上から目線で。
「なんだし?」
「百万年前の世界で現生人類を滅ぼしたら……僕たちも生まれなくなるんだよな」
〝れま〟は〝いまさらなにいってんだ〟と眉をひそめる。
「あたりまえだし」
「じゃあ、塚口聖依――王女様も生まれなくなるわけで……。そうなるとこの世界が作られないしロクデナシも生まれなくなるんじゃね?」
「え?」
画面の中で〝れま〟が眉根を寄せる。
そして、しばらく腕を組んでうなったあとで。
「しまったああああああああああ」
その狼狽ぶりに自説が正しかったかと安堵の息をつく凌順だが。
「っていうとでも思ったし? バカめ」
改めて見下すような目線の〝れま〟に凌順が問い返す。
「違うのか」
「それ言うと思ってたし。いいか? わかるように説明してやるからよく聞くし」
「お、おう」
「現実世界――オマエや聖依の生まれた世界――の歴史改変の影響を受けるのは現実世界の時間軸でのみ存在してきたものだけだし。つまり〝れま〟たちみたいに〝こっち世界〟の時間軸で生まれたロクデナシは影響を受けないし。さらに言うなら現実世界と〝こっち世界〟の両方に存在歴がある聖依と
「そ、そうなのか」
「それだけじゃねえし。この校舎を世界間転移させることでもうひとつ〝面白現象〟が起きるし」
なにかを察したらしい〝ひゅん〟がうめく。
「まさか」
その表情に〝れま〟が口角を上げる。
「お、猫は気付いたし?」
そして、続ける。
「じゃあ
「え? え?」
凌順はわからない。
それでもなにかめんどくさいことが起こるのを――続けて〝れま〟が恐ろしいことを口にするのを〝ひゅん〟の絶望感を漂わせた表情と〝れま〟の自信に溢れた表情から予感する。
〝れま〟がにやにやと続ける。
「じゃあ教えてやるし。この校舎が消えることで霧に囲まれたこの一帯は真空になるし。そうすると消えた面積分の大地と消えた体積分の空気が一斉にここへ押し寄せるし。そうなると……あとは言わなくてもわかるし?」
凌順が〝ひゅん〟を見る。
〝ひゅん〟が天井の〝れま〟を見上げたままつぶやく。
「霧の外にある猫街が暴風と地殻変動――つまり地震の直撃を受ける。それも歴史上初めて」
凌順はその言葉の意味を――〝歴史上初めて〟という言葉の重さを理解する。
単純に暴風と地震に襲われるというだけの話ではないのだ。
歴史上初めてそれらの直撃を受けるということは、現在の猫街を形成しているすべての建築物には暴風対策も耐震技術も概念すら存在していないということを意味しているのだ。
〝れま〟が声を張り上げる。
それはまさに、高らかな勝利宣言のごとく。
「どうだ、聖依。オマエが作った
それまで〝あいり〟を抱いたまま、黙って〝れま〟の話を聞いていた〝芽衣に憑依した聖依〟が〝あいり〟を床に下ろし、静かに唇を重ねる。
そして、立ち上がると――
「〝れま〟がいるのは体育館っ」
――叫んで、校長室を飛び出す。
その後を〝ひゅん〟が続く。
さらに凌順が続こうとした瞬間。
「はい、タイムアップ。魔法陣へのエネルギー充填が完了したし。ぎゃは」
〝れま〟の笑い声とともに周囲が暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。