その26

 それはいくつかの長机をくっつけて大きなテーブルにした会議室のようだった。

「どこだ? こんな場所が猫街にあるのか?」

 一瞬、発光結晶体管理局の会議室がよぎった凌順だがテーブルの周囲に並ぶ人影に息をのむ。

 新聞紙どころか一畳分ほどもありそうな大きな図面を広げたテーブルを囲んでいるのはすべて女子高生――すなわちロクデナシだった。

 さらに壁の一面は大きな黒板になっており、窓の外は白一色で塗りつぶされたようになにも見えない。

 つまり、この部屋は教室であり、窓の外の白は――外界と隔離している濃密な霧。

 ということは!

「これは校舎か? 〝れま〟は霧を越えて校舎に戻ったのか? どうやって?」

 動揺する凌順の眼の前でスクリーンが〝れま〟を映す。

「〝あいり〟は本気なんだし?」

 話しかけている相手は謁見室で見た美少女の〝あいり〟。

「ああ。わからせてやるよ。自分の立場ってやつをな」

 あからさまに不機嫌な口調の〝あいり〟を、着崩した制服から不良臭を漂わせている三人組のロクデナシが茶化す。

「ははっ」

「自分たちが聖依の妄想だってわかって」

「キレてやんの」

 〝あいり〟が睨み付ける。

「他人事みたいに言うな。殺すぞ、あ?」

「じょーだんだよ」

「で」

「メンバーは?」

 答えたのは〝れま〟。

「〝ももな〟と〝はるの〟は強化施術中だから動かせないし」

 それを聞いた凌順の脳裏に色仕掛けに失敗した人質〝ももな〟と体育会系のマスク〝はるの〟が浮かぶ。

 〝あいり〟が返す。

「〝かれん〟だけで十分だろ」

 三人組が笑う。

「確かに〝かれん〟なら」

「適役だな」

「聖依をさらうには」

 凌順は耳を疑う。

 聖依――すなわち王女をさらうだと?

 ということは、こいつらが話しているのは王女誘拐計画?

 どうやったかはわからないが〝れま〟は霧の向こうへと帰った。

 その方法を流用、もしくは応用することで霧の中のロクデナシが霧の外へ出られる方法を見つけたとしても不思議ではない。

 その方法を駆使して王女をさらおうというのか?

 慌てる凌順の見るスクリーンの中で、派手なメイクのロクデナシが〝れま〟に声をかける。

「でも大丈夫か? 〝かれん〟って足遅くね? 逃げ切れんの?」

「それはちゃんと考えてるし」

 そう言ってヒスイに何事かささやきかける。

 淡い光を放ったヒスイによってその場に現れたのは、暗視スコープのようなゴーグルがひとつ。

 なんだこれ――凌順は目を凝らす。

 〝なぎー〟が生体データーをモニタリングしていたヘッドマウントディスプレイよりはるかにシンプルなデザインから、まったくの別物らしいことが窺える。

 その時だった。

 不意にすぐとなりからカメラのシャッター音が聞こえて飛び上がる。

「うおっ」

 顔を向けるとスマホを構えた〝ひゅん〟がスクリーンの中に広げられている図面を撮影していた。

 その背後では白うさぎがドーナツを頬張っている。

 〝ひゅん〟がささやく。

「食べ物を持ってたら確実にここへ来られるような話をしてただろ」

 最初に世界の境界ここを訪れた時の理由がコンビニ寿司とチキンカツサンドだった話をしたことを思い出す。

「魔法陣とエラーの再現が完璧なら不要と思ったが、願掛けというかお守り代わりに持ってきた。それより」

 〝ひゅん〟は目線をスクリーンに戻し〝れま〟たちの会話に聞き耳を立てる。

 ちょうど〝あいり〟が口を開く。

「で、もうひとつの計画はどうよ」

「ぬかりないし」

 〝れま〟が机上に広げた図面を撫でる。

「この図面さえ完成すればあとはヒスイに作らせるだけだし」

「図面が必要なのか?」

 〝あいり〟が不満げに問い返す。

「いろいろ試してみたけど理論や構造が単純な物や既知の物、あと以前から使われている物はすぐに出せるけど、未知の物や初出の物は図面が必要らしいし」

「ならしょうがないな。期待してる」

 そう言うと〝あいり〟は部屋を出ていった。

 残された〝れま〟は、さっきヒスイに作らせたゴーグルを手に派手なロクデナシを見る。

「〝かれん〟はどこにいるし?」

「いつものとこだろ」

「応接室?」

「あっこのソファがお気に入りだしな。寝てんじゃね?」

「じゃあ起こしに行くし」

 部屋を出ようとする〝れま〟に三人組の不良ロクデナシが声を掛ける。

「まるで別人だな、雰囲気が」

「本物の〝れま〟なんだよな?」

「誰かがなりすましてんじゃないんだろうな」

 立ち止まった〝れま〟が振り返る。

「〝れま〟は正真正銘。本物の〝れま〟本人だし。ぎゃは」

 〝れま〟と派手なロクデナシが一緒に部屋を出て、残ったのは不良三人組だけになった。

 三人がテーブルの図面に目を落とす。

「ところでこれってなんなん?」

「そんなのあっしたちが知るわけねえじゃん」

「だよねえ。あはは」

 〝ひゅん〟が凌順にささやく。

「なんかいろいろ企んでるみたいだな、ロクデナシどもは」

 その一言で凌順は我に帰る。

 そして〝のんきにしている場合じゃないっ〟と返す。

「そ、そうだ。こいつら王女の誘拐を企んでるぞ。早く知らせないと」

 芽衣に伝えるべくスクリーンを切り替えようとする凌順を〝ひゅん〟が――

「じゃあ帰ろう」

 ――制して自身の手首に装着した機械を操作する。

 機械からぶわっと拡散したクモの巣状の紫電が拡散して凌順と〝ひゅん〟を包み込む。

「こ、これは」

「携帯型魔法陣。とは言っても出口を指定する通常タイプみたいに複雑で大掛かりな魔法陣じゃなくて、現在位置ここまでの経路を遡上するだけの単純な帰納専用魔法陣だ。帰るぞ」

 しかし、このまま帰っていいのかという疑問も湧く。

 〝あいり〟と〝れま〟は、王女様拉致計画とは別にもうひとつの計画もあるような口ぶりではなかったか。

「いいのか? 他の計画を調べなくても」

「調べる? どうやって?」

「このスクリーンは場所を移動できるんだ。あと僕が〝ひゅん〟局長や芽衣ちゃんにやったみたいに、こっちから話しかけることもできる。それを使えば……」

「これ以上ここで粘ってもこの三人は計画を知らない感じだし、場所を移動できたり話しかけたりできるからって……出ていったやつらをスクリーンで追跡して聞いたところで事実を答えるかはわからない。なんらかの攻撃を加えることができるんなら脅して答えさせられるかもしれないが、会話しかできないんだろ?」

「……そうだな。それに、そんなことに時間かけてる場合でもないしな」

「じゃあ帰ろう」

 蜘蛛巣状の紫電に包まれた凌順と〝ひゅん〟を見ている白うさぎと目があった。

 凌順が白うさぎに手を振る。

「じゃ、ありがと」

 白うさぎがにっこりと食べかけのドーナツを掲げる。

「いえ。お気をつけて。ごちそうさまです」

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