その24

「だから、それまで使ってた王宮を放棄して、周囲を霧の隔離壁に覆わせて私は逃げたんです。そして、霧の外で出会ったのが一匹の猫でした。私の創ったこの世界はどこかで現実世界とつながっているようで……。それはもしかしたら現実世界に対して私自身が捨てきれなかった一縷の未練によるものかもしれません。ひとりで居続けることでまた現実世界を、過去を思い出すことになるかもしれない、話し相手がほしい――そう考えて現実世界から迷い込んできたその猫を進化させることにしたんです」

 今の凌順なら理解できる。放棄した最初の王宮とは最初に凌順がこの世界に現れたホコリだらけの大ホールであり、霧の隔離壁とは魔女のいた霧であり、そして、現実世界から迷い込んできた猫とは――。

 凌順が向けた目線の先で、老猫人の〝らる〟はじっと目を閉じて王女の言葉を聞いている。

 王女が続ける。

「そのために発光結晶体というアイテムを創造して……。それ以降も次々と現れる猫を進化させました。猫人たちは増え続け、街ができました。それがここ猫街です。今では発光結晶体をふくめたすべてを猫人たちが管理し、運営している猫人たちの街です」

 それまで黙って聞いていた芽衣が声を上げる。

「だったらもうこの世界は猫たちに任せていいよね。おねえちゃんはもう帰っていいんだよね」

 しかし、王女はぽつり。

「帰れないの」

 その口調と言葉に一抹の不安を察した芽衣の表情がゆがむ。

「どう……して?」

「ロクデナシどもを実体化させてしまったことを後悔するあまり、その過ちを繰り返さないようにするため、私は私自身を作り変えたから。作り変えることで弱さを、人であることを捨てたから。この姿に」

 言い終えると同時に玉座の王女がひもで吊られているようにふらりと立ち上がり、その場に崩れ落ちた。

 一瞬、自身の心臓が止まったことを錯覚するくらい驚いた凌順だが、崩れ落ちた王女が等身大の人形であることに気付く。

「これは……人形」

 つぶやいた瞬間、玉座の奥を仕切るカーテンが落ちて巨大なプラズマの電光が現れた。

 息をのんで見ている凌順と芽衣、そして〝ひゅん〟の前で電光は凝集し、編み上がって人の姿を形作る。

 そこに現れた顔はまさしく凌順がタブレットで見た芽衣とツーショットで微笑む女子高生であり、団地のエレベーターで見た塚口家の長女、聖依だった。

 電光女子高生の素性を現した王女がささやく。

「人間の姿を捨てただけじゃない。エネルギー体となることでこの世界の一部となった。だから私は帰れない。なんなら芽衣――あなたもここで私と一緒に暮らす?」

「そ……そんな……」

 ぱちぱちと小さな破裂音をたてる電光の渦の中で、王女は戸惑う芽衣から凌順に目線を移す。

「三川さんは……巻き込まれたんですよね」

「あ、ああ」

 不意に話しかけられた凌順はまだ混乱している。

 がくがくと頷くことしかできない、そんな凌順に王女が続ける。

「ご迷惑をおかけしました。元の世界へとお帰しします」

 王女を構成している電光の一部が床に拡散して縦横に文様を描く。

 凌順はこれに似たものを駐車場で見たことを思い出す。

 記憶通りに文様は見る間に魔法陣へと変わり、凌順の足元に達するとその身体を包むように微細な紫電が這い上がっていく。

 その時――。

「失礼しますっ」

 謁見室のドアが乱暴に開け放たれ、数人の猫人が駆け込んできた。

 これまで管理局や街中で凌順が見てきた猫人――〝ひゅん〟や〝なぎー〟、あるいは〝うず〟や〝ぽの〟、そして〝らる〟や街中で猫じゃらしと戯れていた連中――は、どちらかと言えばしなやかな体躯を持つエレガントなシルエットだったが、現れたのは人間で例えるなら筋骨隆々としたシルエットを持つ猫人たちだった。

 その中でひときわ身体の大きなリーダーらしき灰色の体毛を持つ猫人が――

「緊急事態です。ご無礼をお許しください」

 ――〝らる〟の前でヒザをつく。

 その間に他の猫人が――

「発見しましたっ」

 ――柱の陰から小柄な人影を引きずり出す。

 その姿に凌順と芽衣が息を飲む。

 〝ひゅん〟と〝らる〟が目を見張る。

 猫人たちに取り押さえられているのはロクデナシの〝れま〟だった。

 我に帰った凌順が身体の半分までを紫電に覆われた状態で声を上げる。

「いいいいいいいい生きてたっ」

 〝れま〟も声を上げ返す。

「そういうオマエらだって、いつから猫に化けてたしっ」

 灰色猫人が〝ひゅん〟に告げる。

「指示通りに遺失物探査機を使用したところ、こちらに反応がありましたもので勝手ながら踏み入らせていただきました」

 〝ひゅん〟が短く答える。

「ご苦労」

 芽衣がつぶやく。

「じゃあ中央公園の死体って……誰?」

 気付いた凌順が芽衣に問い掛ける。

「姉……が、いるって言ってなかったか」

 その言葉に〝れま〟が嘲笑うように告げる。

「あれは〝りま〟――〝れま〟のねーたんだし。鬱陶しいから時間稼ぎと追跡の撹乱を兼ねて始末したんだし」

 芽衣が顔色を失う。

「まさか……そんな……ありえない」

 姉を追って異世界まで来た芽衣にとって〝姉殺し〟とは想像もつかない話なのだろうと、その表情を見ながら凌順は思う。

 そこへ口を開いたのは〝ひゅん〟。

「バカな。復元形状は〝なぎー〟の記憶再生像と違わなかったはず」

 芽衣がつぶやく。

「同じルックス……。双子?」

 凌順も。

「だから写真が、画像がなかったのか。同一の画像だからあえて収録しなかったのか」

 取り押さえられたままの〝れま〟が笑う。

「今頃気付いたのかあ? ぎゃは」

 そこへ声が響く。

「王女様とは随分えらくなったじゃないか――」

 聞き覚えのない若い女の声に全員の視線が向く。

 〝れま〟が手にしている大口径レンズを持つ機械は〝れま〟がヒスイで作った中継用のビデオカメラだった。

 しかし、それはただの画像送信機能だけを持つカメラではない。

 他所からの画像を受信し、さらに投影するプロジェクター機能も持っていた。

 そのプロジェクターが空間投影するのは巨大な女子高生ロクデナシの姿。

 凌順は王女を見下ろしているその女子高生を見たことがあった。

 近所の綺薇宮女子高校へ登下校する生徒たちの中で、ひときわ目を引く容姿を持っていた美少女だった。

 巨大な女子高生像が笑みを浮かべてささやく。

「――ひさしぶりだな、塚口聖依」

 電光で形成された王女の顔がはっきりと恐怖でゆがんで相手の名を呼ぶ。

「あ、ああ……〝あいり〟」

 同時に足元から這い上がっていた紫電が凌順の全身を包み終え――凌順の視界が暗転した。

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