その19

 そこは小会議室の名前通り、教室の半分ほどの広さで長机を口状に並べただけの簡素な部屋だった。

 奥の席に白い老猫人が着席し、小柄なハチワレの猫人が窓からの町並みを見下ろしている。

 この白い老猫人がこの世界最初の猫人で、小柄なハチワレが従者なのだろう――凌順はそんなことを思いながら〝なぎー〟が勧める椅子に腰を下ろす。

 老猫人が口を開く。

「そちらが〝ひゅん〟の保護したという?」

 穏やかだが隙のない目を向けられた凌順は思わず普段の習慣で〝どうも〟とばかりに会釈する。

 同時に〝ひゅん〟が凌順を元の姿に戻して紹介する。

「はい。ミカワ・リョージュンと申します。霧の向こうから――」

 さえぎったのは〝うず〟。

「それより大変なことがありましたわ。〝らる〟様」

「ロクデナシのことですね。〝ひゅん〟――詳細を」

 あっさり話題が変わったことに凌順は拍子抜けする。

 電話を受けた〝なぎー〟によると〝らる〟様は凌順に会いに来たのではなかったのか?  だから最初に凌順についての話を振ったのではないのか? それがあっさりロクデナシの詳細を〝ひゅん〟に求めるとはどういうつもりなのだろう。これも猫の特性なのだろうか――そんな戸惑いを浮かべる凌順に構わず〝ひゅん〟が答える。

「どういう手段かは不明ながら霧を突破したロクデナシ一体が当管理局に侵入したのち、結晶体室を経て転送ゲートにて逃走しました。現在、人質になっていた〝なぎー〟の記憶から抽出したロクデナシの容姿や音声、匂いといった個体データーを元に自走捜索機二十機を派遣して捜索中です」

 続けて〝うず〟。

「推測ではありますが〝ひゅん〟局長が連れ回していたそのリョージュンとやらもまた霧の向こうから出現した者とのこと。このことから、リョージュンの手引きによってロクデナシが侵入した可能性も十分にあるものと考えられますわ」

 その言葉を凌順が否定しようしたところへ駆け込んできたのはぶち猫の〝ぽの〟。

「おおおおお遅れまして申し訳ございませんですっ」

 〝うず〟が声を掛ける。

「あれは再現できまして?」

「はい。こちらに記録してございます」

 〝ぽの〟が手にしたタブレットを掲げる。

 〝うず〟は改めて〝らる〟を見る。

「リョージュンが誘導したとする決定的な証拠がありますわ。ぽの」

 そう言って〝ぽの〟に目を向ける。

「はいでございます」

 目線を受けた〝ぽの〟がタブレットを操作するとノイズ混じりの音声が流れる。

 それは大勢の足音と怒声――〝逃げたぞ、追え〟とか〝非常扉をすべて閉めて追い詰めろ〟だのと怒鳴りあっている局員たちの声だった。

「今回の騒動についての音声データーをあの場にいた数人の記憶から収集して再現したものでございます」

 解説する〝ぽの〟に続いて〝うず〟がひときわ声を張り上げる。

「この中に決定的な証拠がありますわっ。それはここですっ」

 続く音声に室内の全員が意識を集中させる。

 流れてきたのは――

「さっきヒビが入った所なら割れる」

 ――男の声だった。

 この声は凌順も憶えている。

 〝なぎー〟のヒスイから作ったハンマーで結晶体室へのガラスを割ろうとして失敗した〝れま〟にどこからともなく投げかけられた言葉だった。

 これを聞いた〝れま〟は凌順の衝撃波によってヒビ割れが生じたガラス壁の一画を叩いて割ることに成功し、結晶体室へ逃げ込んだのだ。

 ただ……これのどこが決定的な証拠なのだ???

 そんなことを考える凌順に〝うず〟の思わぬ声が届く。

「この声の主こそがそこにいるリョージュンですわ」

「は?」

 耳を疑う凌順を放置して〝うず〟が〝らる〟にこの発言があった状況を補足する。

「原因はこれから調査するとして、なぜか唐突に結晶体室へのガラスにヒビが入ったのですわ」

 〝うず〟はそれが凌順の仕業によるものだとは想像もしてないようだった。

「もちろんヒビが入ったその箇所は強度が落ちることは言うまでもありませんわね。でも、あのロクデナシは頭が悪いのでそれに気付いてなかった」

 そこまで言った時、室内で誰かが吹き出した。

 視線が集中するその主は窓から外を見ていたハチワレだった。

「な、なんですの?」

 〝うず〟が苛立った声と殺気に満ちた目を向ける。

 しかし、振り向いたハチワレはまるで空気が読めてないように窓際に立ったまま答える。

「あのロクデナシは頭が悪いってなぜ知ってるのかなって。もしかしてお知り合いだとか」

 〝ぽの〟が慌てる。

「う、うず殿っ」

 〝うず〟がうろたえるなとばかりに声のトーンを上げる。

「ガラスが割れずに戸惑ってたところへ飛んできた声を聞いて、慌ててヒビのある所へ走った様子から明らかですわっ。お利口なら言われなくても自分からヒビのある所へ走るはずでありませんこと?」

 ハチワレが頭を下げる。

「そう言われてみればそうです。失礼しました」

 〝うず〟が改めて〝らる〟に向き直る。

「とにかくあのロクデナシはガラスを割ることができなかった。だから、リョージュンが声を上げた。ヒビの入った箇所なら容易にガラスを割ることができると。そして、そこから逃走することができると。これはそんな誘導のアドバイスなのですわ」

「違う違う違う、僕じゃない」

 〝うず〟が〝らる〟から慌てる凌順へと目線を移す。

 そして、断罪するように宣告する。

「ならばっ。今この場で声紋を照合してみてはいかがかしら」

 そこへ口を開いたのは黙って聞いていた〝ひゅん〟だった。

「その声紋鑑定に意味はない」

「は?」

 睨み付ける〝うず〟へ続ける。

「ヒビの入った箇所へ誘導する声が凌順の声と一致したとしても、誘導する声そのものがヒスイに作らせた変声器による偽の〝凌順の声〟という可能性がある。なので声紋を照合して両者の声が一致しても意味はない」

 〝うず〟が尾を立ててまくしたてる。

「ヒスイに作らせた変声器の声という証拠はあるのかしら。仮にそうだとしたら声のサンプルが必要ではありませんこと? それを採れる者はけして多くはありませんわねえ。ずっといっしょにいた〝ひゅん〟殿と〝なぎー〟殿くらいしか」

 〝ひゅん〟は〝うず〟へ淡々と返す。

「声のサンプルは必ずしも必要とはしない。相貌と音声の相関を考えれば容姿の画像さえ持っていれば容易に声質を推定することができる。たとえ容姿の画像が一瞬の隠し撮りであっても」

 不意をつかれたように黙り込む〝うず〟に構わず〝らる〟へ目を移す。

「むしろ、発言の内容からするとヒビへ誘導をしたのは凌順以外の者ではないかと」

 〝らる〟が興味深げに身を乗り出す。

「どういうことですか」

 〝ひゅん〟が答える。

「〝うず〟殿はご存知ないようですが、あのヒビが入った原因はわかっています。凌順が取り込んだシャコの能力によって放った衝撃波によるものです」

「シャコ……ですの?」

「私は当人からこの世界を訪れてからの経緯を聞き取りいたしました。そこでそのような能力を得たことも」

 我に帰った〝うず〟が興奮気味に割って入る。

「あのヒビをいれたのがリョージュンというのなら、まさしく逃走を手助けしたことに他ならないですわっ」

 興奮しているのも無理はない。〝ひゅん〟の口から自説を裏付ける言葉がでたのだから。

 逆に戸惑うのはもちろん凌順。

 確かにガラスにヒビを入れたのは凌順ではあるものの、ここでその証言は〝うず〟の唱える凌順黒幕説を裏付ける以外のなにものでもないではないか。

 改めて〝らる〟が整理する。

「その能力でガラスにヒビを入れてそこから逃げるようロクデナシに指示を出した――ということですか」

 しかし〝ひゅん〟は。

「違います」

 〝うず〟が声を張り上げる。

「たった今、ご自身でおっしゃったばかりでしょう? あのヒビを入れたのはリョージュンだと」

 〝ひゅん〟が〝うず〟を見る。

「だからこそ、あの声は凌順のものではないと言える」

 その言葉の真意が読めず戸惑う〝うず〟と凌順を置き去りにして〝ぽの〟へ声を掛ける。

「もう一度再生を」

 〝ひゅん〟に言われた〝ぽの〟は戸惑い〝どうしたらいいんですかあ〟と〝うず〟におどおどと泳ぐ目を向ける。

 〝うず〟はそんな〝ぽの〟から目を逸らす。

 そこへ〝らる〟が静かに促す。

「〝ぽの〟殿。再生を」

 〝らる〟様には逆らえないらしく背筋を伸ばして答える。

「は、はいでございますっ」

 〝ぽの〟がタブレットを操作して、さっきの音声が流れる。

「ヒビが入った所なら割れる」

 〝うず〟がそっぽを向いたまま口を開く。

「これのどこをどう解釈したらリョージュンではないと言えるのかしら?」

 〝ひゅん〟は〝うず〟を見ることもなく、同じ疑問を抱いているであろう〝らる〟に答える。

「もし、凌順があのロクデナシにヒビを入れた所から逃げるように指示したのならこういうはずです。さっきヒビを〝入れた〟所なら割れる――と」

 〝らる〟が頷く。

「なるほど。この声の主はヒビを入れた当人ではない――ということですね」

 〝ひゅん〟が続ける。

「あの場にいた誰かがロクデナシを逃がすために変声器で凌順の声を偽装して誘導したのでしょう。その理由はもちろんロクデナシが捕縛されると困る理由があるから。たとえば、あのロクデナシを管理局へ侵入させた張本人とか」

 そこへ〝なぎー〟が手を上げる。

「お、恐れながら。あたしは最もロクデナシの近くにいました。そのロクデナシが言ってました。〝うず〟殿の指示で望みの褒美を得る約束で当管理局へ侵入したと。そして、その目的は〝ひゅん〟局長の失脚だと」

 〝らる〟が〝うず〟を見る。

「本当ですか?」

 〝うず〟が顔色ひとつ変えずに答える。

「あらあら、まあまあ。確かにあの場にいた多くの者が聞いたでしょう。私も聞きましたわ。とはいえ、それが真実であることはどう証明できるのかしら。追い詰められたロクデナシが錯乱状態で発したでたらめなのでしょう。あるいは――」

 凌順を見る。

「――リョージュンとやらがあのロクデナシにそんな嘘をつくように事前に指示していた可能性もありますわね」

 〝なぎー〟が食いつく。

「で、でも……凌順には、そんなことをする理由がありません」

「理由? そんなものは必要ありませんわ。なぜならそのリョージュンとやらがニンゲンなのですから」

 目線を〝なぎー〟から凌順に向ける。

 それも怨嗟のこもった目を。

「あらゆる生き物にとって他の生き物とは捕食か被食、あるいは寄生か共生の関係でしかありませんわ。でも、ニンゲンとなると話は別。ニンゲンにとって別の生き物はこれらとは別にもうひとつの関係性があることはもちろん〝ひゅん〟もおわかりでしょう? それとも現実から逃げて気付いてないふりをするのかしら?」

 その答えがわからない凌順を一瞥して〝ひゅん〟が答える。

「もちろん知っている」

「答えをどうぞ」

 〝うず〟に促されて答える。

「愛玩対象」

 その一言を受けた〝うず〟が勝ち誇ったように。

「ものは言いようですわね。愛玩対象? はっきり言いなさいな。ニンゲンだけは他の生き物をおもちゃにするということを」

 そして、凌順を指さす。

「そいつがニンゲンというのなら暇つぶしや退屈しのぎの面白半分で私たち猫人を慌てさせよう、それを見て笑おう――そんなことを考えてもちーっとも不思議じゃありませんわ。むしろ、それこそがニンゲンの考えそうなことですわ」

「それはあまりにも偏見に満ちた意見では」

 異議を唱える〝ひゅん〟を見る。

「こんな時までニンゲン贔屓ですのね。これだから元飼い猫は」

 〝らる〟が割って入る。

「出自を問うのは禁忌ですよ」

 〝うず〟が話を戻す。

「とにかく、ロクデナシの言葉など信じる価値もありませんわ。ロクデナシとはかつて王女様が誤って生み出し、霧の向こうに隔離した害悪的存在。一方の私はこの世界の根幹にかかわる管理局の局長を務めた身。私を黒幕だという害悪的存在ロクデナシとそれを否定する局長経験者わたし。どちらの発言に信憑性があるかしら」

 まだ窓の側に立って外を見ていたハチワレが口を開く。

「つまり、立場が上の者が言ってることこそ常に真実と言いたいんだ? じゃあ、あなたより立場が上のヒトがあなたの言葉を否定したら、あなたが嘘つきなわけ?」

 〝うず〟が声を荒らげる。

「黙るのですわっ。らる様のおつきということで黙ってきいてりゃ、さっきからなんですの? 召使い風情が口を出す場ではありませんわ」

 〝らる〟が静かに口を開く。

「こちらの方は召使いではありません。むしろ、こちらの方こそ今回の賓客」

 そう言ってハチワレを見る。

「よろしいでしょうか」

「うん」

 〝らる〟がポケットから取り出したリモコンのような機械をハチワレに向けてスイッチを押す。

 それは〝ひゅん〟が凌順を赤トラ猫人に偽装したのと同じ機械だった。

 凌順がそのことに気付いたのと同時にハチワレの姿が明滅してノイズに覆われる。

「ばあ」

 ハチワレの姿が消えて出てきたのは芽衣だった。

 その姿を初めて見る〝うず〟が慌てる。

「ロ、ロクデナシっ。いや、ニンゲンかっ」

 その〝うず〟以上に驚いているのはもちろん凌順である。

「な……どうして……」

 混乱する〝うず〟へ〝らる〟は淡々と――

「落ち着きなさい。この方はロクデナシなどではない」

 ――そして、芽衣を見る。

「いただいた画像を転送しても?」

「いーよ」

 〝らる〟が懐から取り出したスマホを操作すると同時に〝うず〟のポケットから着信音がひびく。

 戸惑いながらスマホを取り出した〝うず〟は画面と〝らる〟を見比べながら受信したメールを表示させる、

 そして、現れた画像に固まる。

「これは……まさか……ですわ」

 その隙に凌順は〝なぎー〟に耳打ちをする。

「やってみよう」

「わかりました」

 〝なぎー〟が〝らる〟に進言する。

「恐れながら。これから〝うず〟殿にいくつかの質問をさせていただきたく」

 さらに〝うず〟を見る。

「〝うず〟殿はその質問すべてにイエスと答えていただきたく」

 我に帰った〝うず〟が噛みつかんばかりの勢いで〝なぎー〟を見る。

「なにを意味のわからんことを言ってますの?」

 肩をすくめて萎縮する〝なぎー〟だが〝らる〟へと必死に告げる。

「こ、今回の騒動について真相を探るうえで有意な手法となりうるかもしれないかと存じまして、その……」

 緊張からかしどろもどろの〝なぎー〟を〝らる〟が促す。

「? やってみなさい」

「ありがとうございます」

 〝なぎー〟はずっと首から提げていたヘッドマウントディスプレイを装着して〝うず〟に向き直る。

「ではまず、第一問。あなたは前管理局長の〝うず〟殿ですね?」

「な、なんのつもりかしら?」

 警戒しているのか答えない〝うず〟を〝なぎー〟が促す。

「イエスでお願いします」

 ちらりと向けた目が〝らる〟とあった〝うず〟はその意図もわからないまま観念したように答える。

「イエス、ですわ」

「では続きまして、第二問。あなたはニンゲンですね」

「なにをバカなことを」

「イ、イエスでお願いします」

 恐縮気味の〝なぎー〟へ〝うず〟が怒声で返す。

「イエスなわけないでしょうっ」

「お願いします。すべての答えをイエスで」

 懇願するような口調の〝なぎー〟を、興味深げに見ている〝らる〟が援護する。

「〝うず〟殿。よろしいではないですか」

 〝うず〟がしぶしぶ答える。

「……イエス、ですわ」

「では、第三問、あなたはロクデナシに交換条件を出してませんね?」

「あたりまえ……イエス」

「第四問、あなたは生まれてからこの世界へ来るまで、ずっと野良でしたね?」

「イエス」

「第五問、あなたはロクデナシを利用して〝ひゅん〟局長の失脚を企てたことはありませんね?」

「イエス」

「第六問、そこにいるぶち猫の〝ぽの〟はあなたの助手ですね」

「イエス」

「以上です、〝うず〟殿、ありがとうございました」

 〝なぎー〟がディスプレイを下ろして採取した生体データーのグラフを空間投影する。

 そして、関連する項目を強調表示させながら解説する。

「質問に答える〝うず〟殿の生体データーをリアルタイムで収集してました。眼球運動と脈拍と発汗が第二問、三問、五問の時と第一問、四問、六問の時で明らかに変わっているのがおわかりいただけると思います。そして、第二問はなんだったでしょう」

 興味深げに空間投影されたグラフを見ていた〝らる〟が答える。

「ニンゲンですね?」

「そうです。〝あなたはニンゲンですね〟が質問でした。それに対するイエスという答えと三問、五問の問いに対するイエスは同じ反応だったんです。つまり、第二問のイエスが嘘である以上、三問、五問に対するイエスも嘘だということです。これがポリグラフというものです」

「な……」

 絶句する〝うず〟に構わず〝ひゅん〟が〝ぽの〟を見る。

「では同じ設問を〝ぽの〟殿にしてみましょうか?」

 その一言で〝ぽの〟はがくがくと身体を震わせる。

 ポリグラフで検出するのは嘘をつく時に生じる緊張や動揺から生じる生体データーの乱れであることを思えば、この時点で動揺している〝ぽの〟なら明確な挙動変化が得られることだろう――そんなことを考える凌順に構わず〝ひゅん〟が〝らる〟へ続ける。

「そして、そのあとで私と凌順にも同様の設問で反応を比較してみましょう。もちろん、私たちへの質問者は公平を期すために〝うず〟殿か〝らる〟様で。これでポリグラフの信憑性を保証できるかと」

 その時〝らる〟のポケットでアラームが鳴った。

 取り出したスマホに表示された時刻を確認した〝らる〟は、ため息をひとつついてスマホをポケットに戻すと〝ひゅん〟を見る。

「興味深い実験ではありますが……残念ながら、そろそろここを出る時刻となりました」

 〝ひゅん〟が首を傾げる。

「どちらへ」

 その答えは――。

「芽衣様のご要望で、今から芽衣様と凌順を王宮へご案内します」

 そして、全員を見渡す。

「ということですので〝うず〟殿と〝ぽの〟殿は引き続き〝なぎー〟殿から〝ぽりぐらふ〟なるものの被験を受けるように」

 当然のように納得していない〝うず〟が声を上げる。

「〝ひゅん〟殿は? まさか同行させるおつもりですの? まだ疑義が晴れてないのに。リョージュンだって……」

「〝ひゅん〟殿は凌順の保証人として同行させます」

 保証人?――思わぬ言葉に耳をそばだてる〝うず〟と凌順へ続ける。

「もし道中、あるいは王宮で不審な行動や言動を凌順がとった際にはその場で責任を負わせます」

 〝うず〟が問い返す。

「せ、責任とは……」

「その場で〝ひゅん〟殿と凌順を処刑する。これなら異論はないでしょう」

 凌順が思わぬ言葉に息をのむ。

 処刑?

 殺すってこと?

 一転して顔色を失った凌順と対象的にまったく表情を変えない〝ひゅん〟をちらりと見た〝うず〟はしぶしぶながら納得する。

「……わかりましたわ」

「では、芽衣様。ご案内します」

 〝らる〟が席を立って会議室を出る。

 その後に続く〝ひゅん〟が〝なぎー〟に声を掛ける。

「じゃ、よろしく」

「わかりました。結果は連絡します」

 〝ひゅん〟に続いて小会議室を出た凌順は芽衣にひそひそと問い掛ける。

「王宮ってなにしに行くんだ?」

 芽衣も釣られたのか小声で答える。

「元の世界へ帰るために決まってるじゃないですか」

「か、帰れるのかっ」

「もちろんですよ」

 興奮状態の凌順に芽衣はなぜか得意げに、そして、意味ありげな笑みを浮かべる。

「王女様はこの世界を創造された全能の存在ですから」

 その言葉に〝知り合いかよ〟と突っ込もうとしたが、どうせ〝らる〟様から聞いたんだろうなと納得する。

 そんな凌順に芽衣が続ける。

「ていうか王女様はあっちの世界のことだって……」

 そこまで言ったところで〝らる〟が振り返る。

「芽衣様」

 気が付くとそこはエレベーターの前だった。

「はい?」

「いかがでしょうか、街の様子を見ていただきたいのですが。もしお疲れなら転送ゲートで向かうこともできますが」

 芽衣が凌順を見上げる。

「せっかくだから見ていきません?」

「あ、ああ。いいよ」

 そう答えたものの、本音を言えばとっとと王女様にお願いしてこの世界から帰りたかった。

 なにしろ〝らる〟様の前でうかつなことを言ったりやったりしたらその場で処刑されるのである。

 その一方で――というより、だからこそ芽衣の機嫌もとっておくべきだろうと考えた。

 芽衣は凌順の命綱なのである。うかつなことを言ったりやったりした時にフォローしてくれそうな唯一の存在という意味で。

 〝らる〟が〝ひゅん〟に告げる。

「ということで歩きましょう」

 〝ひゅん〟が答える。

「では、一階から」

  そして、エレベーターが着くまでの間に〝ひゅん〟が凌順を〝らる〟が芽衣をそれそれ茶トラの猫人とハチワレの猫人に偽装する。

 ぽんという音がしてエレベーターの扉が開いた。

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