ティアドロップ

槇村まこと

その名はエッジ

茉莉まり、君のおなみだ頂戴ちょうだいしたく参上した」


 ベランダの窓を開けると、金髪の男が「やあ」という感じで話しかけてきた。

 えっと、今、何が起こっている? ここは5階だよね? どうしてこの人は手擦てすりの上でひざを抱えているの? バランス感覚が抜群……いや、そんなことを考えている場合じゃない。


「俺、エッジというんだ。あやしい者ではないから安心して」


 あっさりと名乗なのったエッジという男は、芝居じみた動きで人差し指を口に当てる。静かにってこと? いやいやいやいや、待って待って、どう見ても怪しいじゃない。白いつなぎのようなものを着ているけど、泥棒どろぼうだってこんな目立つ服は着ないでしょ。


黒崎くろさき茉莉さん、冷静だね」


 ――なぜ私の名まえを?


 男が「へへっ」と指で鼻の下をすすると横風で金髪が繊細に揺れた。


「びっくりした? 君は黒崎茉莉さん、25歳、イラストレーターとして基本は在宅ワークをしている。でも、プライベートでは最近彼氏、いや、元彼に浮気をされて破局、その反動で甘い物とアルコールに溺れて少々体重が増加したことを気にしている。ちなみに茉莉さんのスリーサイズは――」


 変態金髪野郎の胸倉むなぐらつかんで、ベランダから突き落としたくなる衝動にかられた。


「ああーっと! 落ちる! 茉莉さん落ち着いて! さすがの俺も、ここから落ちたら助からないって!」


 私は失礼極まりない男を乱暴に引き寄せる。


「あんた誰よ? 不法侵入で警察に突き出してやるわ!」

 

 恐怖心が一瞬で消えて今までにない殺意がいている。


 男は悪びれることなく口角を上げる。


「あ、そうだ。確か茉莉さん八ッ橋やつはしを買ったよね。あれ、京都名物なんでしょ? 俺、食べてみたいんだよねー」


 背中がぞわぞわした。この悪意のないにんまりした顔……。


 ――この男、一体何なの?





 



 

 

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