第8話 婚活アプリの相手が、実は隣の部屋の住人だった



マッチングアプリで運命の人を見つけた。


顔写真はないけど、趣味も価値観も完璧に一致。

メッセージのやり取りは、まるで心が通じ合ってるみたいだった。


『今日も仕事お疲れ様。夜食のカップ麺、体に悪いよ』


なんで私がカップ麺食べてるって分かるの?と思ったけど、「あるある」なんだろう。


『君の好きなピアノの音、今日も聞こえるよ』


私、ピアノなんて弾けない。

でも彼の優しい嘘が嬉しくて、そのままにした。


そして、ついに会う約束をした。

場所は、駅前のスタバ。


待ち合わせの朝。

ゴミ出しに出たら、隣の住人と鉢合わせした。


「あ、おはようございます」


引っ越して3年。

まともに顔を見たのは初めてだった。

意外とイケメン。


彼も何か言いたそうにしていたが、お互い急いでいて、そのまま別れた。


スタバに着いて30分。

相手は来ない。


『ごめん、怖くなった。君の隣にいるのに、会えない』


は?隣?


その瞬間、気づいた。

カップ麺の音。

ピアノと間違えた、私のキーボードのタイピング音。

全部、壁越しに聞こえていた。


私は走った。

アパートに戻ると、隣の部屋のドアが少し開いていた。


「……あの」


顔を出したのは、朝のイケメン。

彼は真っ赤な顔で言った。


「3年前から、好きでした」


「え?」


「壁越しに聞こえる生活音で、勝手に恋してました。

でも現実で話しかける勇気がなくて……

アプリで偶然見つけて、これならって思って」


私は呆れながらも、笑ってしまった。


「バカじゃないの?隣なのに」


「……ごめん」


「でも」と私は続けた。

「私も、あなたのドアの開け閉めの音で、なんとなく安心してた」


彼の顔が輝いた。


それから私たちは、世界一近い遠距離恋愛を始めた。

デートは、お互いの部屋を行き来するだけ。

でも壁越しに「おやすみ」を言い合うのは、そのまま続けた。


ある日、彼が言った。

「壁、ぶち抜いて一緒に住む?」


「それ、プロポーズ?」


「……はい」


私は壁をノックした。

向こうからも、ノックが返ってくる。


昔からのモールス信号みたいに、トントントン。

それは「好き」の合図。


1年後。

本当に壁をぶち抜いて、一つの部屋になった。


友達に馴れ初めを聞かれたら、いつもこう答える。


「出会いは、壁越しの恋でした」


みんな冗談だと思って笑うけど、私たちにとっては最高の真実。


――まさか運命の人が、壁一枚の向こうにいたなんて。

婚活アプリが教えてくれた、世界一近い奇跡だった。


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