第6話 植物園での研究デート?
テニスでエリックの新たな一面を見てから数日が経った。
リサは、自分の心の変化に困惑していた。
研究パートナーとして見ていたはずの後輩が、いつの間にか “一人の男性” として意識の中に入り込んでいる。
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「今日の共同実験、植物園でやりませんか?」
ラボでエリックが楽しそうに提案してきた。
「癒しの環境下でのコルチゾール値測定……自然環境での実験も、有効だと思うんです」
「面白いアイデアですね」
リサは静かに頷いた。
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「オレも一緒に行こうか?」
エドガーが顔を出した。
「三人でやれば、測定も効率がいいだろ?」
「助かるよ、エドガー!」
しかし翌朝――。
「すまん! 急に教会の行事が入っちゃって……!」
新任神父の歓迎式典で抜けられないらしい。
「仕方ないね」とエリックが肩を落とす。
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「二人でも実験できますよね?」
リサが言うと、エリックはすぐに明るく笑った。
「もちろんです。むしろ集中できるかも」
そうして午後、二人はデンバー・ボタニカル・ガーデンへ向かった。
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植物園に着くと、平日の午後ということもあって、人影はまばらだった。
青空と緑が鮮やかに広がり、空気は澄んでいる。
最初の測定を済ませた後、二人はトロピカル温室へ入った。
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「父と見た家庭菜園を思い出します!」
エリックが色鮮やかな花々に目を輝かせる。
「お父様は植物がお好きだったんですか?」
「ええ。小学校の理科教師で、植物は“生命の入り口”だって」
彼の横顔は穏やかで、どこか嬉しそうだった。
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そしてエリックはスケッチブックを開き、花の形を丁寧に写し取りはじめる。
(図書館では居眠りばかりなのに……集中してると、こんな顔するのね)
リサは、その横顔が妙に胸に引っかかった。
「リサさんも描いてみませんか?」
「私は絵心がないので……」
「大丈夫ですよ。科学的観察として描けばいいんです」
そう言われて、リサもスケッチを始めた。
――だが。
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温室の光の下で、エリックの横顔がふと視界に入る。
スケッチに没頭する姿。
少し乱れた前髪。
真剣な視線。
(……こんな表情、するんだ)
胸の奥が、理由の分からないまま静かに揺れた。
研究だから。
実験だから。
そう言い聞かせても、意識は勝手に彼の動きを追ってしまう。
(落ち着かなきゃ……)
手に汗がにじむほど緊張している自分に気づいた瞬間、
リサの指先からペンが滑り落ちた。
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「あっ!」
かがもうとした瞬間、エリックも同時に手を伸ばし――
指先が触れた。
「す、すみません!」
慌てるエリック。
ペンを受け取るリサの指が再び触れ、心臓が跳ねる。
(どうして……こんなに)
リサは深呼吸を繰り返し、落ち着こうとした。
「……スケッチ、続けましょうか」
声は少し震えていた。
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その後、日本庭園、アルパインガーデンと回り――
ウォーターガーデンで、小さな赤い実を見つけた。
「……これ」
ラズベリーだった。
「母が好きだった植物なんです」
リサの声がかすかに震える。
エリックはそっと寄り添い、静かに耳を傾けた。
「……母は私が七歳の時に亡くなって。最後の頃も庭のラズベリーの話を……」
「話してくださってありがとうございます。
僕たちの研究は、きっと誰かを救える力になります」
「……エリック」
初めて名前を“さん”付けでなく呼んだ。
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帰り道。
夕陽に照らされた二人の影は、自然と近づいていた。
「今日は……個人的にも、とても有意義でした」
「僕もです。リサさんと、もっと話したいと思いました」
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その夜。
リサはひとりで今日のことを反芻していた。
エリックの笑顔。
真摯さ。
指先が触れた瞬間の鼓動。
(……もう、研究パートナー以上の気持ちなのは確かね)
一方でエリックも同じことを考えていた。
(リサさんといると、心が軽くなる。これって……)
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植物園で過ごした午後は、二人の距離を決定的に近づけていた。
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まだ恋人同士ではないが、お互いを特別な存在として意識し始めていることは明らかだった。
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