第16話
白い霧が、冷たい風と共に塔の中を流れていた。
普通の旅人ならば一歩ごとに惑わされ、影に飲まれるだろう。
けれど、リナの足取りは軽やかで迷いがない。
「相変わらず……退屈な仕掛けね」
彼女は髪をかき上げ、霧の中で薄く笑った。
白き塔。
人の心を試すこの場所を、リナはすでに通り抜けたことがある。
だから幻影の囁きも、過去の影も、彼女を止めることはできない。
やがて視界が開け、静謐な広間が姿を現す。
中央に立つのは、白銀の装束に身を包んだ番人。
冷ややかな眼差しは、訪れる者の心を透かし見る。
「……また来たか」
低く響く声が、広間全体を満たした。
リナは肩をすくめ、腰に手を当てる。
「お久しぶり。まだここで門番ごっこ? ほんと飽きないわね」
番人は表情を動かさず答える。
「お前は変わらぬ。欲望に従い、己の興を求めて動く者」
「欲望ね」リナは唇に笑みを浮かべた。
「そうかもしれない。私は欲しいものは必ず手に入れる。
今気になっているのは……そう、“手紙”」
その言葉に、番人の瞳が鋭く光る。
「少年が持つものか」
「ええ。ユウって子。
不器用で、すぐ転んで、それでも立ち上がる。
まったく、見ていて退屈しないわ」
番人は長く黙し、やがて淡々と告げる。
「あの手紙は未来を定める鍵。
彼が選ばれし者であることは、もはや疑いようがない」
リナの心がわずかにざわついた。
未来を定める――その言葉の重さを、彼女は本能で理解する。
けれど、すぐに笑いへと変えた。
「未来を決めるなんて、大げさね。
でも……だからこそ興味が湧くのよ。
どこまであの子が進めるのか、見届けてみたくて」
番人は視線を逸らさずに続けた。
「だが、その道は容易ではない。黒き影がすでに動き出している」
リナの笑みが一瞬止まる。
「黒衣の影……。あの連中、ほんとしつこいわね」
その声には、かすかな苛立ちが混じっていた。
番人はさらに告げる。
「いずれお前も選択を迫られるだろう。
少年に手を貸すか、それとも敵となるか」
リナは静かに瞳を閉じ、そして笑みを取り戻す。
「選択? そんなもの退屈よ。
私は私の思うままに生きる。
ただ……」
彼女は北の空を見上げた。
「ユウ。あの子だけは、まだ目が離せない。
敵になるか味方になるかなんて、どうでもいい。
私を楽しませてくれる限り、傍にいてあげるわ」
番人は何も答えなかった。
ただ、その瞳がわずかに揺れたように見えた。
リナは振り返らず、広間を後にする。
白い霧をかき分け、足音は軽快に響く。
外に出れば、夜の雪原が広がっていた。
凍てつく風も、彼女の背を押すだけ。
「さあ、次はどんな舞台が待っているのかしら」
そう呟いて、リナは闇の中へ消えていった。
読者だけが知る秘密。
彼女もまた、この物語の未来を左右する者だということを――。
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