0038 イベントと風のダンジョン 5

「マスターを探そうにも……どこから探せばいいかな……?」


ボス部屋から出た紬は、ダンジョンの通路を歩きながらマップを見ていた。

迅からもらったマップによれば、このダンジョンは壮大な平原が2階層ある。全ての場所を探していたら1日が終わってもおかしくない。いそうなところに目星をつけて探していく必要があった。


「うーん……僕ならどこに隠れるかな……。迅の情報通りだったら、この辺とか見つからなそうだよね」


紬は隠れる目線になって考えることでマスターを探すことにした。

このゲームのNPCは最新AIを搭載しているため、ほとんど考えていることが人間に近い。紬の探し方なら見つかる可能性も高かった。


「この辺……だけど……いないかな?」


紬はもし自分が隠れる時になったらここに隠れる、という場所に来ていた。

この場所はダンジョンの中にも関わらず小さな湖ができていて、魚が泳いでいる。周りにはモンスターがたくさんいるため、プレイヤーはあまり近寄ろうとはしない場所だった。


紬が周りを見渡すと、周りの景色から比べると少し不自然な岩があった。

周りの石は苔が生えている。しかし、この岩には苔が一つも生えていない。それどころか欠けていたり風化している部分もない。明らかに異質なものだった。


「これ……絶対人工的な岩でしょ……。ずらせたりするんじゃないの?」


紬が岩を押すと、岩が大きな音を立てて動いた。

そして岩の下からいかにもという階段が姿を表した。


「一発正解きたかな?それじゃ、お邪魔しまーす」


紬は階段を下っていく。

階段は想像していたよりも長く、真っ直ぐ続いている。

100段を越えるか超えないかという時に、ようやく一番下まで辿り着いた。


階段の下には居住空間のような部屋が広がっている。

ゆったりと座れそうなソファ、この世界にあったのが驚きのテレビ、生活感あふれる布団が丸められているベッド……。どう見ても誰かが暮らしている空間だった。

ただ、この空間にあるものには全て一つ普通とは違う共通点があった。

それは、全て物が普通よりということだ。


「マスターはいない…‥のかな」


紬が部屋の中を見渡しても、人影はない。


ガタッ


「ん?」


紬の近くにあったソファから、何かが動いたかのような物音がした。

紬はソファに近づき、ソファを持ち上げた。


「うわぁっ!いきなり持ち上げないでよっ、びっくりするじゃんか」


ソファの中に隠れていたのか、どこかの野球チームの帽子を被った小さい少年がソファの中から落ちてきた。


「ええと、君がこのダンジョンのマスター……だよね?」

「え、うん。そうだけど?だから何?」

「うーんと……一応僕はいつでも君のこと倒せるよ?」


その言葉を聞いた少年は突然焦ったように姿勢を正し、


「ごめんなさい、ごめんなさい!そうです!俺がこのダンジョンのマスターです!」


と言った。

紬はどこからどう見ても小さな子供をマスターとはいえ、倒すのは気が引けてならなかった。ちょっと生意気とはいえ、悪いことをしているわけでもない。

結局、紬はこの子供を倒さないで取り込む方向にシフトした。


「あの……ね、多分気づいてるとは思うんだけど、僕もダンジョンマスターなんだ。だからここに来れたわけで……。その……ダンジョンコアもらってもいい?」

「えっ、普通に嫌です」


紬はバカだった。

普通に考えてコアをくれるマスターがいるわけがない。

紬は交渉能力も完全に欠如していた。


「うーん……コアをくれるためにはどうしたらいい?」

「じゃ、じゃあ僕を外に連れて行ってみてよ。まあ、どうせできないけど」


紬がコアを手に入れるために下手に出たことで、少年はまた生意気な態度に戻ってしまった。そもそも、交渉相手にどうすればいいか聞くのがおかしいのである。


「外に連れていく?できるんじゃない?10万DP貯めて出れるようになればいいんじゃ?」

「そんなこと俺、できないよ?嘘つくのやめてもらえる?」

「いや、だって僕、出れてるし」


少年は紬と自分のウィンドウを交互に見た。

そして信じられない、という顔で紬を見た。


「えっ、本当に出れるの?じゃあさ、俺が行きたいところ……市場とか、冒険者ギルドとか、酒場とか……いけるってことだろ?それに友達もできるかも知れねぇってことだろ?そんなん最高じゃんか!」


少年は満面の笑みでそう言った。

少年はこの部屋の中で誰かと触れ合うこともなく、ずっと一人で過ごしてきた。それが実に寂しくて苦しかったことか、紬にはわからなかった。それでも、紬は少しでもこの少年に楽しい生活を送ってほしい。そう心から思った。


「うん、僕と一緒にいろんなところに行こう。きっといろんな楽しいことが君を待ってるよ」

「ほんとに、ほんとに外に出れるんだよな?」


紬はうん、と頷いた。


「それじゃあ、交渉成立……ってことでいい?」

「ああ、コアのところに早速行こうぜ。俺、早く外に出たいからさ!」


少年と紬は階段を登り、コアのある管理部屋へと向かった。

少年は走って管理部屋へ向かった。走っている時の顔はそれはもう楽しそうな、弾ける笑顔だった。


「主人!探したでござるよ!」

「マサムネ!マスター見つけたよ」

「なんと!もう倒したでござるな?」

「いや、その子」


紬が少年を指差すと、マサムネは、なぬ!?と言い、少年と距離を取った。


「なんだよ。別に攻撃しないから警戒すんなよ。これから仲良くしようってのにさ」

「これからなかよく……とはどういうことでござる?」

「この子、僕たちの仲間になったんだ」


マサムネは再び、なぬ!?と言い、少年をじっと見つめた。


「ほらついたぞ。さっさとコアを回収して外行くぞ」

「わかったから。それじゃあ、コア取るよ?」

「うん」


『風のダンジョン(初級)のダンジョンコアを入手しました。マスターの生存を確認。リンタを仲間にしますか?』


紬がコアを取ると、アナウンスが流れた。

紬は仲間にする、のボタンをクリックし、コアをインベントリにしまった。


『承認。ダンジョンが崩壊します。直ちに避難してください。』


「逃げるよ!」


ダンジョンの崩壊が始まり、ダンジョンの壁にヒビが入り始めた。

紬たち3人は急いでダンジョンの出口へと走った。


ドドドドドドドドォォォォォン!!!


「あっぶな……もう一歩遅かったら瓦礫の山の下敷きだよ……」


正確には瓦礫の山ではなく、大木なのだが、そんなことをつっこむ人はこの中にはおらず、紬のボケはスルーされた。


「なぁ、お前ら……いや紬たちってこれから他のダンジョン攻略に行くんだろ?」

「そうでござる。あと2ついけたらいいのでござるが……」

「それなら俺は足手纏いになっちまうと思うんだよ。だから俺は紬のダンジョンに戻って管理してるよ」

「え?でもどうやって帰るの?」

「そんなの徒歩で帰るに決まってるだろ」

「いや、道がわからないでござろう。ここからだとかなり複雑な道のりでござるよ?」


いやいや、とリンタは首を横に振った。


「普通にマップ見ればわかるし」

「マップ機能ってこのゲームにないけど……」

「あっ、俺のスキルでマップ見れるの言ってなかったか。せっかくだし紬たちにも共有しとく」


リンタはウィンドウを操作して、紬たちにメッセージを送った。

メッセージにはこの辺のマップと、紬のダンジョンのマップが添付されている。


「ありがとう、助かるよ」

「ああ。ってことで俺は帰る」

「気をつけるのでござるよー!」

「んー」


リンタはひらひらと手を振りながら、紬たちに背を向けて歩いて行った。

紬たちはリンタの行った方向とは逆にこれから向かう。


「よし……!次は翠のダンジョンだ!」


紬とマサムネは翠のダンジョンを目指して歩き出した。



◇ ◇ ◇



「そういえば、マサムネ最初と喋り方変わったよね?」

「あ、やっぱりバレてたでござるか?」


マサムネはそう言いながら、頭をポリポリとかく仕草をした。


「実は最初頑張って武士っぽくしてたのでござるよ。でも疲れちゃって、戻ったでござるよ」

「そうだったんだ……」

「主人はどっちの方がいいでござるか?最初の方が良かったのでござったら、頑張ってみるでござるけど……」

「いや、今の方がいいかな」

「それなら良かったでござる。正直、最初の方が良かったと言われたらどうするか困っていたでござる」


マサムネは今の方がいいと言われて安心したのか、いつもより少し高い声でそう言った。

紬は少しは打ち解けられたのかな、と思い、頬を緩めた。

紬とマサムネの間に少しずつ、信頼と絆が形成されている。それを再確認できた紬は、スキップをしながら翠のダンジョンへ足を進めた。

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