『恋はいのちがけ』

 俺は生涯を剣に捧げ、剣に生きると決めた。


 剣において、誰一人として負けるわけにはいかない。仮に負ければ命を捨てる覚悟だ。剣に生きて剣に死ねるならば、本望だといえよう。後悔など微塵もない。


 剣気!?


「いざ尋常に勝負!!」


 ⋯⋯。


「断る!」

「なにゆえ!?」


 俺は剣客の前に進み出た。


「そこもと、女であろう」


 相手は頭巾をして顔を隠してはいるが、俺には解る。


「剣の道に男も女もあるか! それとも何か、怖気づいたと申すか?」

「笑止!」


 引かぬか、ならば。


「よかろう。だが、剣を抜くからには冗談では済まさぬ? 剣を抜けば剣客と見做す故、男も女も無ければ、手加減も無い。剣に命を賭けるつもりがねぇなら帰んな?」

「笑止千万! 命が惜しくて剣を握れるか!!」


 良い覚悟だ。


「二言はないな?」

「無論!」


 ざっ。


 両者対面し、構える。

 女は剣を抜こうとはしない。


「居合か⋯⋯」

「⋯⋯」


 相手は女。長い得物を持っているとも思えぬが、先入観は捨てるべきだろう。


 じり。


 居合は間合いこそ全て。

 勝負は一瞬。


 俺は片手上段に構え直した。


 相手を侮っているわけではない。片手上段は相手との距離をとり、なおかつ振り下ろす速度と力こそが必要であり、俺のように修行を積んでなお自信が無ければ使う者などいないだろう。

 向こうも距離を測りにくい筈だ。そして迷っている筈だ。だが、居合だと言うのであれば、向こうの間合いは決まっているのだ。俺の間合いに奴が入ればそれで終わる。


 じ。


 入った。


「ふん!」


 俺は真っ直ぐ、微塵も振れる事なく刀を振り下ろした。


 きん!


 ⋯⋯。


「参った!」


 何と言うことだ!? 俺は間違いなく奴より疾く刀を振り下ろした。跡には真っ二つになった奴が左右に分かたれる筈だったのだ。


 それがどうだ!? 


 俺は自分が振り下ろした刃を自分の喉に突きつけられている。


 早業過ぎて他の者には視えないだろうが、俺の目はそれをしっかりと捉えていた。


 俺が振り下ろした剣先を、奴は左右の無手で叩き折り、右手でそれを掴み取って俺の首元に突き立てたのだ。

 無刀捕りの変形とも言えるだろうか。もはや人の業とは言えず、神業と称すべき技だ。


「完敗だ。そこもとの勝ちを認めよう。疾く討たれよ」


 女は頭巾を取った。


「胡蝶!?」


 その昔、俺が剣の道を選んだ時に振った、師範の娘の胡蝶だった。

 仕返しに来たのか、見事だ。


「竜之介! 貴様の命、貰い受けた!」


 !?


 こうして、俺は彼女に唇を奪われ、剣の道を捨てたのだった。





        ─了─





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