第30話 やるとなったら真剣にする
「え? 何の話?」
耀汰は、武道場に着いてすぐに剣道部キャプテンに話しかけたら、すっとぼけられた。珠瑠は練習試合に出てほしいと手ぬぐいを渡されてここに来いと伝えてと言われたと説明しても何のことだと話が通じない。
「さっきから何を言ってるんだよ。俺がいつお前に剣道部来いって頼んだんだ。俺は、お前に頼んだ覚えはない」
「へ? んじゃ、なんで」
「俺は藤堂 珠瑠さんに試合を見に来てくださいとお願いしたんだ」
「はぁ?! 全然、話が違うじゃないっすか」
「だから、違うって言ってるだろうが、まったく」
「え、んじゃ、どういうこと。俺、何をされたんだろ」
「……つまり、あれだろ。俺はお断りされたってことだろ。悲しいけど」
「え、そうなんすか。つ、つまりはそういうことっすよね」
剣道キャプテンの斎藤
「ん? 今、帰ろうとしたな?」
「い、いえ、ちょっとすり足の練習してみたっす」
「ほぉー……そういうなら、試合に出してやろうじゃないか」
「げ、マジっすか」
「予定外だろうけどな。いいだろう、やってみろよ。お前ら、こいつに防具貸してやれ!」
「おっす!!」
斎藤 弦は、後輩たちに指示すると倉庫から耀汰専用の袴と防具をすぐさま用意した。耀汰は防具を渡されて、ごくりと喉を鳴らす。
「まさか、数年ぶりに剣道するとは思わなかったぜ」
女子剣道のメンバーが集まってくる。学校一人気の堀内 耀汰が剣道を始めると聞き、他の部員たちも嗅ぎ付けてやってきた。黄色い声援が響き始める。
「おいおい、お前はどこぞのアイドルだよ」
垂れ、頭の防具、小手をやっとこそつけ終えた耀汰はなんと言ったか聞こえなかった。
「は? 何の事っすか。久しぶりすぎて、大丈夫かな。俺」
「大丈夫も何も俺がちゃんと倒してあげるから大丈夫さ」
キャプテン斎藤の力がみなぎる。竹刀を振り回して、恰好を決めた。
「まぁまぁ。落ち着いて。剣道はそんな扱いしませんよ」
「茶番はそこまでだ。ほら、そこの位置につけ。ウォーミングアップでもしましょうか」
「剣道に横文字っすか。まぁいいですけどね」
緊張感が走る。見学者は先輩、後輩、さらに騒ぎを聞きつけてきた校内の女子たち、顧問の先生とコーチが真剣になって見つめる。本気の戦いになりそうだ。
斎藤 弦は、深呼吸して黙想する。耀汰も同じように黙想した。空気はピンっと張り詰める。
「はじめ!」
審判であるコーチが前に出る。お辞儀をすると、竹刀を構えた。気合を入れて声を出す。いつにも増して真剣な表情の耀汰に周りも信じられないくらいだ。
「ねぇねぇ、かっこいいね。剣道はやっぱり違うよね」
「そうだよね。そのまま剣道部入ればいいのにね」
武道場の隅で見学していた女子たちがざわついていた。そこへ、図書室に行っていた藤堂 珠瑠が覗きに来ていた。斎藤 弦がそれに気づき、珠瑠が手を軽く振ると、両耳から煙を出して興奮する。竹刀をぶつけ合うと、隙を見て耀汰は面を取りに行った。真正面にしっかりと入っていた。
耀汰は、雄たけびをあげてから、こう叫んだ。
「メーーーン!!」
「一本!」
まさかのキャプテンの奇跡一本を取ることができた。最後はしっかりとお辞儀をして試合を終えた。
耀汰は、防具を脱ぎ、珠瑠から預かった紺色の手ぬぐいで顔を拭いた。
それをはっきりと見ていた珠瑠は、何だか胸の中がざわつき始める。
「お前、わざと珠瑠さんに来るように差し向けたわけじゃないだろうな?」
「え、何のことっすか?」
「知らないならいい!!」
悔しくて防具をまだ脱ぎたくなかった斎藤キャプテンはそのまま練習稽古に参加していた。
「先輩、惜しかったっすね」
「うっさいわ。あれは俺のミスじゃない」
「えー、そうなんすか」
「本気の力、いつか見せてやる!」
「すっげー……」
後輩たちは口をあんぐりさせて佇んでいた。斎藤 弦は立ち去る耀汰をずっと睨みつけていた。耀汰の横にはさりげなく、珠瑠がいることも腹立たしく感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます