第12話 王子は王子になりきれない

―――籐堂 珠瑠とうどう みつりside―――


 肌に触れる風が冷たかった。朝慌ただしく整えた三つ編みがふわりと揺れる。かけていた眼鏡がずれて、そっと指先で元に戻す。校門前に並んだ杉の木に止まっていたスズメ三羽が飛び立った。始業開始時刻まであと十分も無い時間に珠瑠は、栗色の合皮バッグを右肩から左肩に背負い直した。


「おはようー」

「おはようー。今日の一時間目って小テストあるよねー」


 靴箱に外靴を入れると、ほぼ接点のないクラスメイトの女子二人がずかずかと珠瑠の前を通り過ぎていく。まるでそこにいないかような幽霊のような対応をされた。それを珠瑠は気にもしていない。クラスメイトには心を開いて話せる友達はいない。学級委員という立場上、必要な会話があるが、それくらいでどうでもいい話なんてできる人は作るという気持ちはない。会話するのは図書室で借りた本に対して面白いやつまらないぞとボソッと独り言を言うくらいだ。


 がやがやと盛り上がる昇降口前で関わるのはやめようと思った珠瑠は素通りして、上靴に履き替えた。つま先ととんとんとしてから、廊下に進むとこちらの顔をじっと睨みつける女子が一人いた。

 自分のことじゃないだろうと気にせず通り過ぎると、左肩にポンと触れられた。


「……え?」

「籐堂さん。話からこっち来てくれない?」

「……でも、遅刻になるけどいいの?」

「別に、そんなの気にしないから、あたし」

「……私は気にするけど」

「たまにはいいじゃない。トイレに行ってたとか言えばいいでしょう。いいから、来なさいよ」


 有無も言わさず、珠瑠は腕をつかまれ、階段の踊り場まで連れていかれてしまう。なんでここなのかと疑問に思いながら、黙って着いていく。抵抗しても連れていかれるんだろうと感じた。


「私、知ってるでしょう?」

高野 花音たかの かのんさんでしょ。知ってるわよ。同じクラスなんだから」

「良かった。眼中にないと思っていたからさ。インテリさん」

「これでも学級委員だからね」

「それよりさ、昨日のどういうこと?」

「昨日……? 何のこと?」

 

 首をかしげて、じっと見る珠瑠に花音が目を見開いて驚く。


「自覚が無いの?」

「え? 何それ」

「だから、堀内 耀汰と一緒に帰ってたでしょう?」

「……あ、ああ。あれは別に一緒に帰ったってわけじゃなくて……」


 腕を組み、顎に手をつけて話し出す珠瑠に花音は、額に筋を作り始める。珠瑠は攻撃することは何もしていないのになぜこんなにイライラしているのか意味がわからない。


「あんたね、校内の女子を敵に回してるのに気づかない?」

「……敵?」

「堀内 耀汰くんは、この学校の王子様なの。絶対に彼女になってはいけない暗黙のルールがあるのよ」

「そ、そんなの知らないわ! ちょっと待って。私は彼女になったつもりはないし」

「……一緒に帰ってる姿をみんなに見せた時点でアウトってことよ。あーあ」

「私は忠告したからね!」


 そう投げ捨てて、花音は大きな音を立てて立ち去っていく。ちょうどその時に学校のチャイムが鳴った。靴箱周辺では双子女子が上靴を履く堀内 耀汰に黄色い声援を送る姿があった。珠瑠は階段を上る途中、声だけ聞いて通り過ぎる。


 もやもやとした気持ちで教室に向かった。何となく、痛い視点が突き刺さる。一体自分は何をしてしまったのか。胸がざわついてくる。HRを張り詰めた空気の中終えてから、一時間目は数学の小テストをペンのカリカリとした音を響かせて終わらせると、あっという間に時間が過ぎていく。休憩時間のチャイムが鳴ると、高野 花音の友達でもある斎藤 ひかりが恐い顔して近づいてくる。廊下に出てと、手で合図された。他のクラスメイトもどんどん出てきて、誘導尋問されている気分になった。みな口をそろえて、堀内 耀汰に近づくなと怒りを見せつけて珠瑠に迫った。何も傷つけることはしていないのになんでここまでする必要があるのかとため息を漏らす。


 そこへこの話の中心人物がやってきた。トイレの方向から駆け足でやってくる。


「おいおいおい! 寄ってたかって人数多すぎないか? 珠瑠さんが何をしたって言うんだよ」


 耀汰が来て喜ぶ女子たちの隅の方、珠瑠は耀汰と関わると良くないと感じたため、すぐにさっとすり抜けて逃げ出した。もう話すことはやめておこうと決意した。


 耀汰は質問攻めに合い、珠瑠のことを忘れ始めていた。いつの間にかいなくなってることに気づいた時には授業が始まるチャイムが鳴っていた。

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