君は私が指示した日に射精するだけでいいから

「就職活動どうするの?」と彼女にいわれて「僕は働かないよ」と答えたのが大学3年の秋だった。彼女は唖然として、なにかを考えるようにして黙った。


次の日、彼女は「働かなくていい。私は働きたいし、絶対に20万円は稼ぐ。君を食わせていくことはできる。衣食住は保証する。月に一万円小遣いを渡す。もっと本が読みたかったら図書館に行って」といって僕の目を見た。それがプロポーズだったのだと、僕は思っている。


 その後いろいろあって僕も賃労働はして、入籍もした。しかし常々「僕はすぐ仕事なんてしなくなるし、その時は約束通り養ってね」と妻には話していたし、そんなだから当然子どもは作らないつもりだった。


 でも彼女が28歳になったある日「子どもが欲しいんだ」と妻にいわれた。当然僕は拒否した。「育てられないよ。僕は仕事もすぐ辞めるし、話が違うよ」と答えた。


「子どもは私1人で育てる。君は一切責任を負わなくていい。お金は私が全部出すし、子育てはしたい範囲でいい」

そんな話で、僕は指定された日に射精をして、2人の人間を作った。


「私に何かあったら、子どもをどうすればいいかわかる?」

「赤ちゃんポスト!」と答えたら

「馬鹿野郎!私の親と妹を頼るんだ!まずは区役所に行け!」

と怒鳴られたりしつつ、まあ今日までやってきた。


産まれてみれば子どもは可愛い。

自分の全存在よりもこの子は大切で愛しくて重要だと、本能が語りかけてくる。

なんだかんだで育休も月単位で取って保育園にも送り迎えをしていた。


しかしそれはそれだ。


妻は約束を守る。当初の予定通り妻は子を育てる。子どもは妻の子でそれは信じ難いほどの幸運なのだ。僕はべつに必要がない。まあ父親であることをやめるわけでは全然ないけれど。


自分から発生してしまった2人には申し訳ないなとずっと思っているが、妻という人を親に持てた幸運はそれを凌ぐ。


さよならではない。俺は2人の親でそれは変わらない。金は稼げないが。

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