102 粘着

 壁の向こうから声が聞こえる。ブツブツ声が聞こえる。初めは独り言すら大きく出し始めたのかと思ったが、あまりにもずっと言い続けるので聞いてしまった。


 

 

「あー、飯か。俺にも分けてくんねえかな」

「また洗濯かよ。干すんじゃねえぞ。どれだけ洗っても臭いんだよ」

「しょうもない音楽聞いてるな、一発屋だろ」


 僕が飯を食うたび、洗濯するたび、音楽を聴くたび、何かするたびに、何かしらの文句が聞こえるのだ。 僕はきっと壁の方を見た。そして天井を見渡した。あたりを見まわしてもカメラ的なものはない。彼は音だけで僕の生活を把握しているのか。まるで生活に粘着テープが張り付いているようだ。気持ち悪い。

 

 次第にテープは範囲を広げていく。上司に怒られた翌朝には、

「今日も失敗しますように」

 金曜日には、

「なんだもう帰ってきたのか、飲みにいく友達いないのか?」

 僕は外にいるときもあの隣人がどこからか見ているのではないかと気が気でならなくなった。地下鉄の車内、構内を昇るエスカレーターの向こうから彼がいつも見ているような気がした。



 彼は自分の奥深いところを揺さぶってくる。実際仕事はミスだらけでうまくいってるとは言えない。友達といえる友達もいない。だから言い返せない自分も許せなかった。

 

 

 そしてついには毎晩壁を小刻みに叩き続けるようになった。窓に傷もついた。明らかに侵入しようとしている。もう限界だ。

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