第12章 師の師

【読者の皆さまへ】

 お読みいただき、誠にありがとうございます。


【作品について】

 ・史実を下敷きにしたフィクションであり、一部登場人物や出来事は脚色しています


 ・本作品は「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」の遠い過去の話です。

https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761


 ・「私立あかつき学園 絆と再生 The Girl who discovered herself」と交互連載です。

https://kakuyomu.jp/works/16818792437738005380


 ・この小説はカクヨム様の規約を遵守しておりますが、設定や世界観の関係上「一般向け」の内容ではありません。ご承知おきください。



 ・今作には[残酷描写][暴力描写]が一部あります。


 ・短編シリーズ始めました(2025年8月16日より)

https://kakuyomu.jp/works/16818792438682840548



 ・感想、考察、質問、意見は常に募集中です。ネガティブなものでも大歓迎です。



【本編】

 下野国しもつけのくに

 とある山奥の小さな庵。

 そこに、雨はまだ降り続いていた。

 

 三人は軒に腰を下ろし、雨音に耳を傾けた。

 信康は膝の上に刀を置き、やがて立ち上がる。

「……この先、私はどうなるのか……半蔵だけでなく……」

 亮衛門がうなづく。

「柳生殿まで、殿の命を……」

 京次郎も静かに疑念を漏らす。

「何の思惑がござるのか……皆目、見当が付かぬ」


「……」

 突然、信康は鞘から刀を抜き、軒を飛び出す。


 そして、雨の中で刀を振り下ろし始めた。


 ――ザンッ!

 

 ――ザンッ!

 

 雨粒を切り裂くように何度も素振りを繰り返す。

 

「父に命を断てと言われ、この身を追われ……それでも私は……生きている。だが、どこへ行けば良いのだ……」

 

 独白のように呟く声は、雨音に混じって震えていた。


 その様子を亮衛門と京次郎は、ただ黙って見守るしかなかった。

「……」


 その時――。


 ――スッ。


 庵の障子が静かに開いた。

 寝間着姿の老人が、よろよろと姿を現す。


「先生!いけません!」

 眼鏡の女性が飛び出し、慌てて老人を止める。

 老人はかすかな笑みを女性に向ける。

真緒まお、大事ない……それより、薬の方は良いのか?さっき焦げ臭い臭いがしたが……」


 真緒が少し目を伏せる。

「申し訳ありません……ですが……」 

 老人の目が少し細くなった。

「それに久々の客人……こいつらと話したい。こんな山奥だからな……退屈なのじゃ」


 真緒は、メガネに右手をそっと添えた。

 少し考え、少し困惑の表情のまま口を開いた。

「わかりました……」

 真緒と呼ばれた眼鏡の女性は、静かに庵の奥へ消えていった。

 

 ――雨音が絶え間なく響く軒先。

 

 そして老人は、じっと信康を見据えて言った。

「久しぶりに……殺気を感じた。そなた、迷いの中におるな?」


 亮衛門と京次郎が咄嗟に刀へ手をかける。

「何者だ!」

「これまた面妖な……!」

 

 信康はゆっくりと刀を下ろした。

「……この気迫……柳生殿に似ている……」


 

 ――信康の脳裏に、幼き日……石舟斎の言葉が蘇る。


 

 ――「剣の奥義……それは活殺かっさつにございます」


 

 ――「わが師……上泉信綱こういずみ のぶつなさえ……」


 

 思わず、静かなつぶやきを漏らす。

「……まさか……」


 信康に呼応するかのように、老人は薄く笑った。

「……この世の置き土産に、立ち会いを所望いたす」

 信康の背筋が震えた。

 そして、恐る恐る問いかける。

「何者……?」


上泉信綱こういずみ のぶつな……」

 それだけ言って、雨の底を射抜くように信康を見た。

 老人は咳をし、静かに続けた。

「ゴホッ!ゴホッ!――ただの人斬りよ。」


「やはり……柳生殿の師――」

 信康の瞳に驚きが走る。

 亮衛門と京次郎はただ茫然としていた。

「伝説の……」

「剣聖……」


 亮衛門がまた目が見開く。

「我……剣聖の名で、大見得を切ってしもうた……」

 

 雨が降りしきる中、信康と上泉は軒先にゆっくりと歩みを進める。

 そして、二人は雨に打たれながら向かい合う。

「上泉殿……」

「フッ……」

 信康の静かな呼びかけに、上泉は薄く笑った。


 信康の後ろでは、同じく亮衛門と京次郎が、雨に打たれながらただ立ちすくんでいた。

「どうなるんだ……」

「わからん……」

 二人の顔が緊張を帯びる。


 雨脚がさらに強まった。空は暗く、しかし信康の掌だけが、熱を帯びていた――。

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