腐れ縁な幼馴染がウザいから、俺は双子の美人姉妹と付き合う事にしたんだけど……この頃、幼馴染が積極的になり始めている件について

譲羽唯月

第1話 俺はあの頃の記憶を少しだけ思い出した

 ある春の終わり頃。高校一年生の工藤悠季くどう/ゆうきは、移動教室を終えて教室に戻る途中、いつものように購買部に立ち寄っていた。

 そこで購入したのは、いつものメロンパンと、紙パックのオレンジジュースだ。

 パンの甘い香りが鼻をくすぐる中、悠季は軽い足取りで廊下を進む。


 現在、昼休みの喧騒が校舎を包んでいた。廊下では友だち同士の笑い声が聞こえたり、中庭ではグループで弁当を広げる人らの声が響く。

 そんな中、ひときわ高く弾んだ声が悠季の耳に飛び込んできた。


「ね、悠季! いつになったら彼女作るの?」


 声の主は、幼馴染の上野栞うえの/しおりだった。

 ポニーテールに揺れる長い黒髪、キラキラと輝く瞳で悠季を見つめる彼女は、昔から変わらない腐れ縁の相手だ。

 子供の頃は一緒に遊んだ仲だったが、高校生になってからの栞は、悠季をからかうのが趣味であるかのように絡んでくる。


「か、彼女? まあ……そのうちな」


 悠季は面倒くさそうに肩をすくめ、廊下の窓の外へと視線を投げた。


「ふーん、そっかぁ。じゃあさ、私が悠季の彼女になってやってもいいよ? どう? 名案じゃない?」


 栞はニヤリと笑い、身を乗り出してくる。その距離感に、悠季は少し距離を取った。

 それでも、栞は近づいて来て、彼女は、悠季の左腕に胸を押し当ててくるのだ。


「いや、遠慮しとくよ」


 また距離を取り、悠季は冷たく言葉を切り返した。

 栞のこの押しの強さ、正直言って苦手だ。

 昔は気楽に話せたのだが、今の彼女はただ単に面倒な存在に思えてしまう。


「えー、なんでよ! 彼女いないんだから、私で十分でしょ?」


 栞はさらに畳み掛けてくるが、悠季は無視を決め込む。彼女の声は弾むように響くが、悠季の心には届かない。


「ねえ、もし悠季が本気で告白してきたら、ちょっとくらい考えるかもよ?」


 栞は唇を尖らせ、わざとらしく首を傾げた。その仕草は、舞台の女優のようだ。


「どうせ、冗談だろって言うんだろ」


 悠季はため息をつき、彼女の言葉を軽くあしらう。

 栞のからかいは、いつもこのパターンだった。


「うーん、でもさ、今回は違うかも。試しに告白してきてよ。もしかしたらワンチャンあるかもよ?」


 挑戦的な笑みを浮かべる栞。

 悠季は一旦廊下で立ち止まり、渋々、冗談半分で口を開いた。


「じゃあ、付き合ってくれよ、栞」


 その瞬間、栞の顔がぱっと明るくなる――かと思いきや、彼女は大げさに笑い出した。


「ははっ、冗談でしょ! 悠季と付き合うとか、絶対にムリだから1」


 栞の笑い声が廊下に響き、通り過ぎる人らがチラリと視線を投げる。


 やっぱりこうなる。悠季は心の中でため息をついた。

 栞のこのウザ絡み、いい加減うんざりだった。


「ねえ、私と悠季って昔からの仲でしょ? 私のこと、ちょっとでも気になっていたりする?」


 さらに追撃をかけてくる栞は、悠季の反応を楽しんでいるかのようだ。


「別に」


 悠季はそっけなく答えた。

 栞は少し拗ねたように唇を尖らせる。


「ふーん、つまんない奴。まぁ、いいけど。悠季が何度も告白してきたら、私の気持ちも変わるかもよ?」

「いや、いいよ、そういうの」


 悠季はきっぱりと言い放つ。栞は軽く肩をすくめ、くるりと背を向けた。


「でもさ、私が他の人に取られても知らないからね!」


 栞はチラッと振り向き、そう言い残すと、軽やかな足取りでその場から立ち去っていた。


「はあ、めんどくさい奴だな……」


 悠季は深いため息をつき、階段を上った後で二階の廊下を歩く。


 なんで栞と同じ学校に入ってしまったんだろうか。


 栞との腐れ縁、いつか断ち切りたい――それが悠季の本音だった。




 教室に戻った悠季は、自分の席に腰を下ろした。

 机の横に掛けてあった通学用のリュックから、小さなキーホルダーを取り出す。


 星形のマークを抱えた女の子のチャームが、ゆらりと揺れる。

 シンプルだがどこか懐かしいデザイン。

 手に持つだけで、心の奥がほのかに温まるような感覚があった。


 このキーホルダーは、小学生の頃に手に入れた大切な思い出の品だった。

 あの小学生の頃の夏。親戚のいる田舎に遊びに行った時のこと。

 川で水遊びをしたり、秘密基地を作ったり。そして、夏祭りの数日前に隣町の小さな雑貨屋で買ったのが、このキーホルダーだったのだ。


 ――夏祭り、絶対一緒に行こうね!


 あの子の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。だが、その約束は果たせなかった。 

 その子が夏祭りの前日に引っ越してしまい、連絡先も知らないまま疎遠になってしまったからだ。

 その当時はスマホも持っておらず、ただ別れを惜しむことしかできなかった。


 また、どこかで会えたらいいな。


 悠季はキーホルダーを握りしめ、そっと呟いた。

 リュックにそれをしまい、購買で買ったメロンパンをかじり始める。


 その時、隣の席に静かな足音が近づいてきた。

 そこに座るのは、クラスメイトの天野明海あまの/あけみ

 物静かで、いつも本を読んでいるか、弁当を黙々と食べている美少女。

 目元までかかる黒髪のロングヘアが特徴的で、初見だと、ちょっと関わりづらい雰囲気を持っている子だ。


 悠季とは特に親しいわけではないが、授業中に共同作業する際、時折言葉を交わす程度の関係だった。

 何気なく明海のバッグに目をやった瞬間、悠季の心臓が跳ねた。

 バッグのファスナーに、星形のマークを抱えた女の子のキーホルダーが揺れている。

 悠季の手の中にあるものと、まるで瓜二つだった。


 え、まさか……いや、偶然、だよな。


 悠季は首を振って自分を納得させようとした。

 あの夏の女の子が、こんな高校で、こんな近くにいるなんてありえない。

 でも、胸の奥で何かざわめくものを感じていた。


 その日の昼休み、明海はいつものように黙々と弁当を食べ、悠季も特に話しかけることなく過ごしたが、キーホルダーのことが頭から離れなかったのだ。




 放課後。日直だった悠季は、教室に最後まで残っていた。

 日直ノートを閉じ、ようやく終わったと深呼吸をし、ふと隣の席に目をやる。

 明海のバッグはまだそこにあった。

 キーホルダーをもう一度よく見ようと近づいた瞬間、教室のドアが開いたのである。


 そこに立っていたのは、明海にそっくりな女の子。

 彼女とは別のクラスメイトであり、あまり話したことがなく、悠季は言葉に詰まっていた。


「え……誰?」


 教室の扉付近に佇む子の存在に、悠季は一瞬、言葉を失った。目の前の女の子は、明海と瓜二つだったからである。だが、雰囲気はまるで違う。


 明海が静かで落ち着いた印象なら、こちらは明るく、どこか笑顔が似合う雰囲気を漂わせている。

 茶髪のショートヘアが印象的で陽キャ寄りも雰囲気を持つ美少女だ。

 住む世界が違う子と二人きりで対面し、悠季は焦っていた。


「え、お、俺? 俺は工藤悠季で……その、天野さんのクラスメイトで……君は?」

「私? 天野夏海あまの/なつみ。明海の双子の姉なんだけど。さっき、明海のバッグを見てなかった?」

「いや、な、なんでもないよ」

「そう?」


 夏海は首を傾げ、それから悠季の近くまで歩み寄ってきたのだ。そして、明海のバッグを手に取る。その瞬間、悠季の視線は再びキーホルダーに吸い寄せられた。


「その……キーホルダー……」


 悠季は思わず口に出していた。


「ん? これがどうかしたの?」


 夏海はキーホルダーを手に取り、疑問そうに首を傾げる。


「いや、その……どこで買ったのかなって?」


 悠季の声は、わずかに震えていた。

 夏海は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻った。


「これ? 昔、住んでた田舎町の雑貨屋で買ったんだよね」

「そ、そうなんだ……」


 悠季の心臓がドクンと鳴った。

 夏海はさらに続ける。


「実はね、私もこれとお揃いのキーホルダー持ってるんだよね!」

「え?」


 その言葉を聞いた瞬間、悠季の心に、あの夏の記憶が鮮やかに蘇った。

 川のせせらぎ、秘密基地の笑い声、夏祭りの約束。

 あの女の子の笑顔が、夏海の笑顔と重なる。


 え……もしかして。


 悠季は驚き、目を丸くする。


 この出会いが、ただの偶然ではないかもしれない。そんな予感が、胸の奥で静かに広がっていくのだった。

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