第14話 帰途
マーシュと剣を交えつつ何か怒っていたランが、私が泣いているのに気づいた。
剣を退いて、私の傍へ駆けつけてくれる。
「モカ、モカ?」
心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私のことよりも、ラン。
自分のこと心配しなよ。
と思いつつ、私はランを抱きしめた。
ランの背に腕を回すとゴツゴツしたものが手に当たる。服の釦だ。
あぁこの子、上着、まだ後ろ前反対に着たままじゃん。
ランを抱きしめるついでに、彼女の上着のボタンを外してあげると、ランにも意図が分かったようで、自ら上着を脱ぎはじめる。
無惨に破られたシャツと切り裂かれた晒、その下の柔肌が露わになる。
そこに傷はない。
圧迫された薄紫色の痕が肌に滲んでいる。
……彼女を襲ったのは、獣ではないのだ。
上着の前をきっちり留めて、もう大丈夫と言わんばかりに、腕を上げてみせるラン。
気丈に振る舞う彼女が可哀想で私はとてもつらかったけれど、ここで泣いたらまたランに心配をかけるだけだ。
私は涙をこらえつつ、ルドから預かった剣とお金をランに渡した。
ランは自分の剣や財布を私が持っていることに少し怪訝そうな顔をしたけれど、案外すんなりと受け取ってくれた。
ルドとマーシュは、兵士の遺体のそばで何か話し合っている。
ランは二人をちらっと見て、それから2頭の馬の曳く荷車のところへ行ってしまった。
12騎の兵士どもは、仲間の遺体も回収しないまま、既に逃げ出していて、どこにも姿が見えない。
死んだ……いや、ランが殺した兵士が乗ってきたのだろう、一頭のきれいな黒馬が、私たちの馬の近くでぽつんと立っている。
その黒馬の顔をランは優しく撫でてやる。
マーシュとルドが兵士の遺体を持ってきて、荷車の魔獣の死骸の上に無造作に放る。
荷車に乗れ、とマーシュが身振りで私に伝えてくる。
人の死体と一緒にいるのが怖くて、私はランの馬に一緒に乗せてもらった。
ランは私といっしょに黒馬に乗って先頭に立ち、マーシュとルドがそれぞれ跨る2頭の馬が、荷車まで曳いてついていく。
この道をずっと進めばやがていわばT字路に行き当たり、正面の道の向こうになだらかな起伏のある草原が広がるんだ。
一つ丘を越えれば向こうにルドの館があるんだ。
早く、そこへ戻りたい。
でもランは草原の方へはいかず、T字路の左手の道をそのままずっと進んでいく。
行く手に見えるのは、深い森だ。
私がこの異世界に転移してきた、あの森だ。
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