15.早川実里2

 要求された反省文は翌日の朝に提出した。原稿用紙四枚分の謝罪と反省の意を込めた言葉の羅列。心にもないことを取り繕うのは早川実里として一番得意とするところである。

 提出時、ほとんど内容を確認もしないまま「もう問題を起こさないように」と告げられた。内容よりも提出することに意義があるのだろう。そんなことならどこかに『Bye』には通い続けます、とでも書いておけばよかった。

 二学期に入り、日が経つにつれて、私の取り巻く環境が音もなく変化していた。何となくみんなと距離を感じるのだ。どこからか私の不祥事について漏れ出ていることがわかった。逆に、軽薄そうな男子生徒から声をかけられる頻度が増えた。告白まがいのことをされて断っても「だめかぁ」程度のもので全く残念そうではない。これまで真剣に思いを伝えられることはままあっても、こんな軽いものは経験がなかったので若干戸惑うが、噂によるものだと推測できた。いったいどんなうわさが広まっていることやら。

 金曜日、放課後になり図書室の扉を開いて気が付く。そうか、もう新着本の装填作業は終わっているのだった。来なくても別に構わないはずなのに習慣化していて来てしまった。噂によって自身も気づかぬうちに動揺しているのかもしれない。図書室内は毎週金曜日に会っていた図書委員の一年生の姿しか見えなかった。司書室の小窓が開いていることから、司書の先生もいるようだ。静かに扉を閉めて後輩君に声をかける。間違ってきてしまったとは恥ずかしいので言わない。

「夏休み明けだから今日は一人だと忙しいと思って。」

 一応後輩君に手が必要か確認するけれど、見た限りこの量の返却本を本棚に戻す間、カウンターを空けることになるのはよくない。もう一人の図書委員は見たことがなかったから、今日も来ていないだろう。拒否されるとは思わなかった。

 普段から自分で話すことの多くない後輩だけれど、いつも以上に気まずそうな様子をしていて、私の不祥事を知っているのだとわかった。向こうもこういった様子だし、すぐに作業に取り掛かってしまおう。特段話題を振ることもなく、返却本たちをもとの位置に戻していく。

 何も考えずに仕事をすると、思ったよりも早く返却棚の本はなくなった。帰ろう。貸出カウンター内の後輩君に声をかけて帰ろうとすると、司書室から新たな仕事が与えられた。しょうがない、若干気まずいけれど、カウンター内に入る。

「半分もらえる?あとハサミも。」

 いつも通りの表情を心掛ける。後輩君からそれらを受け取って彼の隣に座った。

 会話なく作業が始まる。会話が続いてくれば彼から話題を振ってくれることもあるが、大抵の場合は私から声をかけることが多い。見たところ作業量的にはほとんどない。早く終わらせてさっさと帰宅しよう。手元に集中すると隣から声がかかった。

「早川先輩。先輩って何が好きですか?」

 驚いた。向こうから話を振ってくるなんて。

「え、何が好きって、どういうこと?」

「僕、先輩のことが知りたいんです。」

 本当に何を言っているんだ。それでも、この後輩、堀越拓真は真剣な表情でこちらを見つめていた。

 噂を聞いて茶化しているわけではないらしい。かつて告白をしてきてくれたおとなしい男子生徒のような真剣な目だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る