第7話


 翌朝。

 目を開けると、隣の布団はきれいに畳まれていた。菜々の姿はない。


「……もう起きたのか」


 小さくつぶやいて、寝癖を直そうと指で髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

 妹はいつも俺より遅くまで寝ているはずだった。けど今日は違った。


 リビングに降りると、テーブルの端に菜々が座っていた。パンをかじりながら、黙って前を向いている。

 俺が椅子を引いた音にも、顔を上げない。


「……おはよう」


 言葉をかけても、返事はなかった。

 ただ、パンを噛む小さな音だけが耳に残る。


 胸の奥がずきっと痛んだ。昨日のことがフラッシュバックする。

 ――風香に命令され、俺はハグをした。妹の前で。


(……あれが、原因か)


 否定したくても、否定できない。

 視線を向けても、菜々は皿の上のパンくずを指でつついているばかりだった。




 昼。

 リビングの掃除をしていると、風香がソファに座りながら声をかけてきた。


「ねえ、ぽち。お茶」


「……どうぞ」


 ティーポットにお湯を注ぎ、紅茶をカップに満たす。

 テーブルに置いた瞬間、視線の端で菜々が小さく身をこわばらせるのが見えた。


 

 菜々にとってはもう聞きたくない光景になっているんだろう。


 風香は優雅にカップを口に運び、満足そうに笑う。

 その横で、菜々は立ち上がり、自分の部屋へ静かに去っていった。


 俺は何も言えなかった。

 言葉をかけても、返ってくるのは沈黙だけだから。




 夜。

 客間に戻ると、菜々はすでに布団に潜っていた。背を向けて、丸くなって。

 かけ布団の端を握りしめて、寝息は聞こえない。眠っているふりか、本当に眠っているのか――わからなかった。


「……菜々」


 呼んでも反応はない。

 喉に言葉がつかえて、続けられなかった。


 俺が従っているのは、菜々を守るためだとは言わない。

 でもその妹に、軽蔑の目で見られて、口もきいてもらえないなら――俺は、何のために屈辱を飲んでいるんだろう。


(……どうしろって言うんだよ。どうしようもないだろうが!!)


 自分に言い聞かせるように、息を吐く。

 風香の下でぽちを演じ続ける。

 

どれだけ惨めでも。


 暗い天井をにらみながら、拳を強く握りしめた。

 指先が白くなるまで、力を込めて。


 

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