第24話 「戦後強くなったのは女とストッキング」

「戦後強くなったのは、女とストッキング」とは、よく言ったものだ。


我が家においては、戦後どころか結婚以来、ミーちゃんの強さはインフレを続け、

今やその戦闘力はスカウターが計測不能になるレベルに達している。




先日、些細なことで口論になった。

私が冷蔵庫に入れておいたプリンを、ミーちゃんが勝手に食べた、食べない、という、

極めて次元の低い争いである。


「俺のプリン、知らんか?」

「さあ?知らないわね」

「口の周りにカラメルソースがついとるぞ」

「あら、これは昨日の夕食の煮魚のタレよ」



見え透いた嘘である。

ここから、戦いの火蓋は切って落とされた。


「まあええわ。プリン一個で怒る俺も大人げない。

 しかしな、ミーちゃん。嘘はいかんで、嘘は」


私が諭すように言うと、ミーちゃんは静かに立ち上がった。

そして、こう言ったのだ。


「マァア君。あなたは、まだ本当の『強さ』を理解していない」

「…なんやて?」



次の瞬間、ミーちゃんの体が淡い光に包まれた。

編み物のかぎ針が、まるで伝説の剣のように輝き出す。


「見せてあげるわ。これが私の…『主婦・モード』よ!」


なんだ、そのミーパーサイヤ人みたいな変身は!

ミーちゃんの髪が逆立ち、瞳が鋭く光る。

普段の彼女からは想像もつかない、

圧倒的な威圧感(オーラ)がリビングを支配した。



「ひ…ひぃぃ!」



私は本能的な恐怖に、腰を抜かした。


「マァア君。プリンを食べたのは、この私です。

 しかし、それは何故か。あなたの不摂生な食生活を憂い、

 過剰な糖分摂取を未然に防ぐため。

 すべては、あなたの健康を思っての行動です。

 これを、愛と呼ばずして何と呼びますか!」



……なんと崇高な言い分!


ただの食い意地が、夫を思う献身的な愛へと昇華されている!

これが『主婦・モード』の力なのか!


「そ…そんな…俺のプリンは、愛の犠牲になったというのか…!」

「ご理解いただけたようね。

 では、ついでに言っておきますが、あなたの靴下の左右がいつも揃っていないのも、

 部屋の隅にホコリが溜まっているのも、すべては宇宙のエントロピー増大の法則に従った、

 必然的な結果です。それに逆らおうなど、おこがましいとは思わないことね」



...もはや、反論の余地はない。

物理法則まで持ち出されては、ぐうの音も出ない。

私は、ただひれ伏すしかなかった。


「お…おみそれしました…」


光が収まり、ミーちゃんはいつもの穏やかな表情に戻っていた。


「あら、あなた。そんなところで何してるの?風邪ひくわよ」

「…はい」




戦後、いや、結婚以来強くなったのは、女とストッキング、

そして妻の口から放たれる「理論武装」という名のビーム兵器である。



プリン一個で、宇宙の真理を垣間見た、ある日の午後のことであった。

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