第3話 炎の誓い ― 第三話「試される炎」

悠真は、謎めいた青年――風間隼人の背を追って、街外れの廃工場へと足を踏み入れた。


 崩れかけたコンクリートの壁、錆びた鉄骨がむき出しになった広い空間。

 夜風が吹き抜け、金属片がカランと音を立てた。


 隼人は工場の中央で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 「ここなら、遠慮なく力を試せる」


 悠真は眉をひそめた。

 「試す……?」

 隼人はにやりと笑う。

 「お前の炎が“本物”かどうか。復讐なんて言葉を口にする資格があるのか。……俺が見極めてやる」


 挑発的な言葉に、悠真の胸に怒りが込み上げる。

 「ふざけるな……! 俺は、本気だ!」


 瞬間、掌から炎が噴き上がり、床を焦がす。

 だが――。


 「甘い」


 隼人が手をかざすと、轟音と共に突風が巻き起こった。炎は一瞬で吹き消され、悠真は後方へ吹き飛ばされる。


 「ぐっ……!」

 背中を鉄骨に打ちつけ、激しい痛みが走った。


 隼人の眼差しは冷酷で、それでいてどこか試すように光っている。

 「力を振り回すだけのガキじゃ、敵に勝てない。……お前が本当に何を望んでいるのか、その炎に示してみろ」


 挑発の刃が悠真の胸に突き刺さる。

 頭に浮かぶのは、姉・美咲の笑顔。そして冷たい棺の中で眠る姿。


 「……俺は、姉さんを奪った奴を必ず見つける。絶対に……!」


 心の奥で押し込めていた感情が爆ぜ、炎が再び湧き上がる。

 今度は炎は獣のように唸り、悠真の周囲を取り囲んだ。


 隼人は風をまとい、軽やかに跳躍する。

 風の刃が、音を裂きながら襲いかかる。


 「来い! その炎で、俺を焼けるならな!」


 悠真は全身の力を込め、拳を振るった。

 炎は咆哮を上げて巨大な火球となり、隼人に向かって轟音と共に放たれる。


 「炎獣――!!」


 火球が獣の形を取り、隼人へと食らいつくように突進する。

 だが隼人は臆することなく、両腕を広げた。


 「――風牙衝!」


 烈風が嵐となって吹き荒れ、炎の獣と真正面から激突する。

 轟音、閃光、熱風。廃工場全体が揺さぶられ、鉄骨が崩れ落ちる。


 悠真は歯を食いしばり、力をさらに込めた。

 「負けるか……! 俺には、守るものがあるんだ!」


 炎は赤から蒼白に変わり、熱を超えた鋭さを帯びる。

 隼人の目がわずかに驚愕に見開かれた。


 「ほう……!」


 炎と風が互いを食らい合い、爆発的な閃光を放った。


 ――数秒後。


 煙の中で、悠真は膝をついていた。息は荒く、全身が汗で濡れている。

 それでも瞳だけは燃えるように輝いていた。


 隼人がゆっくりと歩み寄る。衣服の一部は焦げていたが、表情はむしろ満足げだった。

 「悪くない。……怒りだけで燃やしているようで、その奥に“誓い”がある。だから炎は消えなかった」


 悠真は顔を上げる。

 「お前……俺を試していたのか」


 隼人は口元を吊り上げた。

 「その通り。力を持つ者は、持たぬ者のために戦う覚悟が必要だ。お前の炎がただの破壊じゃないこと……少しはわかった」


 悠真は息を整えながら、拳を握る。

 「なら……俺に教えてくれ。姉さんの死の真相を」


 隼人の瞳が一瞬だけ曇る。

 そして静かに告げた。


 「お前の姉が最後に調べていたのは――ルクセンブルクの古城に隠された“闇”。そこにすべての答えがある」


 その言葉は、悠真の胸に深く突き刺さった。

 炎の誓いは、もはや一人の復讐を越え、世界の闇へと続く道となろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る