第12話
それから数日。
美味しくないご飯を食べ、勉学に打ち込む。
異世界では転移したてのときに牢や強制収容所に何回か入ったが、そこのメシと同じだ。
砂をかんでるようだった。
いや臭くないし、酸っぱくもない。
毒も入ってないし、呪物の味もしない。
味はいいはずだ。
無明のコンディションが悪いだけ。
そういう意味では親に感謝してもいい。
食わせてもらってる。
捕虜になったときよりはマシだ。
あそこは冬に凍ったものを食べさせられた。
同じく召喚させられた仲間が何人か死んだし、無明も何回か食事が原因で死にかけた。
まだ人間らしい食事だ。
少なくとも母親には無明を殺す意図はない。
同じクラスの女子はテストの成績が悪いことを理由に、雪が降る極寒の中バケツで水をかけられて外に放り出された。
さすがに死にかけたらしいが、それでも警察も児童相談所も介入しなかった。
彼女は拒食症になり、目が落ちくぼんで髪が薄くなっていた。
エリクサーでも治せない症状だ。
それでも教師たちは面倒だなという冷徹な目で見ていた。
とはいえ松本の件とは違い無明に解決策はない。
親を殺しても解決にならないのだ。
心は痛むが、大人の声で警察と児童相談所への匿名通報をしても解決しなかった。
他に手は思いつかない。
(四条父に頼んだので解決してればいいが……)
無明は無力である。
彼女と比べれば無明はまだマシな環境だ。
死はまだ迫ってない。
感謝せねばならない。
(では義務をまっとうしますかね)
無明が学校に行こうと思ったそのときだった。
朝早く出て行ったはずの父親が血相変えて帰ってきた。
「どうしたの? なに、私が悪いの! どうして私ばかり責めるの! もういやあああああああああッ!!!」
早速のヒス構文にヤレヤレと学校に行こうとすると父親に止められた。
「ま、待て。無明! ぱ、パパが来る……」
「お、お義父様が! なぜ? 嫌われてるんでしょう?」
そういや祖父に会ったことないなと無明は思った。
正直言って無明は興味なかった。
それよりも無人島で捕獲した鯛の刺身を食べたい。
塾帰りに四条の家に行こう。
そちらの方がよほど重要だった。
顔も知らない相手のことを考えるのは無駄でしかない。
「パパがなんで来るかなんてわからない! いいから準備するぞ」
だが体裁を整える暇は与えられなかった。
すぐに玄関のチャイムが鳴った。
玄関には母親のキッチンドリンカー活動の成果が並ぶ。
テーブルには父親のストロングなチューハイの空き缶が並ぶ。
父親は母親の状態を見られたくないと家政婦を雇うのを嫌がった。
……ただケチなだけかもしれない。
その成果をお披露目してしまうことになりそうだ。
「お、おい! どうする!」
「ま、まだ下にいるはずよ! 居留守を使えばなんとか……」
(もう遅い)
無明は首を振った。
次の瞬間、鍵が開く。
お茶目な爺さんだ。
最初から合鍵で入る予定だったのだ。
「ふむ……やはりこうなっていたか……」
50代だろうか。
それにしては若く見える男がいた。
20代前半に結婚したと考えればギリギリ40代かもしれない。
脇には40代くらいの太った男がひかえる。
胸には金メッキのはげた弁護士バッジが光っていた。
無明の爺さんは父親に一瞥もくれずに言った。
「かわいそうに。無明、私の家に来なさい」
「わかりました」
「お、おい無明! どうしたんだ?」
どうしたもクソもない。
一緒に暮らすよりはマシだろう。
毒親だのなんのと言うつもりは無明にはない。
だが……そろそろ家にも学校にもうんざりしていた。
圧倒的につまらない。
母親の金切り声を聞くのも嫌になってきた。
向こうも無明の世話に疲れ果ててるのだろう。
お互いのためにも離れた方がいい。
「友人に別れの挨拶をしてきてもいいですか?」
両親を無視して祖父に言った。
すると祖父は渋い顔になる。
「挨拶はいらん。私に連絡をしてきたのは四条だ」
「なるほど」
では引っ越しだ。
とはいえ私物は多くない。
教科書と着替えくらいか。
「無明。おもちゃはないのか?」
「持ってません」
三歳の時に全部捨てられてから買ってもらったことはない。
あるのは幼児の能力開発塾の妖しいボードゲームだ。
死ぬほどつまらない。
「マンガは?」
「持ってません」
買ってもらったことがない。
「ゲームは?」
「持ってません」
異世界に召喚される前はゲーマーだった。
だがこの世界のゲームには触れてない。
「ボールやスポーツの用具は?」
「道着なら」
習い事は、ほとんど教室の備品のレンタルのため私物としては持ち合わせてない。
買わなくてはならなかった道着くらいだろう。
だが残念なことに無明の両親は柔道着と空手着の違いもわからない人物だった。
しかも買い与えられたのはフルコンタクト空手用の薄い道着だ。
合気柔術をするにはあの空手着では肩まわりが窮屈だ。
できればもう一つ欲しい。
祖父が大きなため息をついた。
「お前らはなにをしていたのだ!」
雷が落ちた。
祖父の怒声だ。
無明の祖父は顔を真っ赤にして震えていた。
さすがに異常な環境下とは思ってなかったのだろう。
「だ、だけどパパ! こいつはそうでもしないと成績が落ちるんだ!」
「この馬鹿者! 生きる意味を与えもせずに努力をするわけがない!」
「そうなんです! お義父さん! この人は人の気持ちもわからない人なんです!」
「馬鹿者! お前もだ! 親が愛してやらぬから……この絶望した表情を見ろ!」
いつしか祖父は泣いていた。
たしかに羞恥心もあろう。
だが孫に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
政府所属の魔法使いから連絡を受けて来てみれば、孫は完全に壊されていた。
思えば変わりもので気難しい息子だった。
だがそれでも真人間だと信じていた。
まさか実の息子を壊すクズとは思ってなかったのだ。
「無明は預かる。お前らには指一本触れさせない。板垣、手続きを頼む」
「かしこまりました」
弁護士さんが返事する。
(なんだかただ者じゃない雰囲気の弁護士さんだ。四条家の関係者かもしれない)
無明は怪しんだ。
実際、足音をさせてない。
異世界なら忍者ジョブのものだろう。
無明をよそに無明の父が叫んだ。
「ぱ、パパ! どうしてだよ! 全部そいつが悪いんだろ!」
「うるさい! お前は反省しろ! もう話すことはない! 行くぞ無明」
無明の持ち物はランドルセル一つだった。
実際は服はストレージに保管してたが。
「いやああああああああああああああああああッ!!! 無明ちゃんいかないでええええええええええ!」
無明の背中に母親の金切り声がぶつけられた。
マンションの前には自動車が止まっていた。
嫌味なほど長いリムジンだった。
この自動車で細い道を抜けてきたのだろうか?
祖父が目の前に座る。
「すまなかった」
まず祖父は頭を下げた。
無明としてはどう答えていいかわからない。
「いえ……謝られるほどのことでは……えっと、なんとお呼びすれば?」
「好きに呼べ」
「では、お爺さま」
「ああ、本当にすまなかった」
「いえ、食事は与えられましたので。友人の中には満足に食事も与えられてない子もいましたし」
すると無明の祖父はまたもや……むせび泣いた。
「生きててくれて……ありがとう……う、グス……グス……」
無明はひたすら困っていた。
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