第5話「DX推進、魔法とExcel(羊皮紙)で業務は変わるか」

俺、山崎健二は、完全にキャパオーバーに陥っていた。

「業務改善」「騎士団改革」「予算編成」「コンプライアンス研修資料作成」…複数のプロジェクトが同時に進行し、俺の執務机はもはや羊皮紙の巣と化している。すべての情報がアナログな手書きであるため、データの集計・分析作業が絶望的に進まないのだ。

「ああ…Excelさえあれば…! この村ごとの税収と人口と特産品の相関データなんて、ピボットテーブルで集計してグラフ化すれば一発なのに…!」

財務大臣から丸投げされた、鬼のようなデータ分析依頼の羊皮紙の山を前に、俺は本気で泣きそうになっていた。スローライフどころか、過労死からの転生先で、再び過労死しかけている。

藁にもすがる思いで、過去の国勢調査の資料を探しに、王宮の片隅にある魔術師団の書庫を訪れた。そこで俺は、一人の若い女性魔術師と出会った。エリアーナと名乗る彼女は、分厚い古文書の内容を、一文字ずつ新たな羊皮紙に書き写すという、気の遠くなるような作業をしていた。

「これは…また凄まじい非効率の現場だな。もっと効率的な方法はないのか? 例えば、魔法とかで」

俺が何気なく尋ねると、エリアーナは俯きながら答えた。

「『記録転写の魔法』というものはありますが、師団長が…『そんな地味なことに、国の宝である魔力を使うな』と、許可してくれなくて…」

その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に電流が走った。

「その魔法、詳しく聞かせてくれないか!」

話を聞けば、彼女が使える魔法は、文字を転写するだけでなく、簡単な計算を自動で行ったり、特定の単語を検索したりすることも可能だという。これは…使える!

俺はエリアーナの手を取り、目を輝かせて言った。

「君の魔法は、この国を変える力を持っている! 俺と一緒に、この国の働き方を根底から覆す、革命的なツールを開発するんだ!」

こうして、俺は宰相の承認も得ず、勝手に「王宮DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進プロジェクト」を立ち上げた。もちろん、プロジェクトリーダーはエリアーナだ。俺はプロデューサーに徹する。

我々の目標は、「魔法演算式羊皮紙(Magical Calculation Sheet)」、通称**「MCS」**――すなわち、異世界版Excelの開発である!

まず、俺は城下の職人に特注し、縦横に精密な罫線を引かせた「方眼羊皮紙」を大量に用意させた。これが「セル」の概念となる。

次に、エリアーナの魔法の改良に着手した。

「いいかい? この列(Column)の数値を、全部一瞬で合計したいんだ!」

「ええと…こうでしょうか…『=SUMMA! (集計せよ!)』」

エリアーナが呪文を唱えると、指定された列の最後のセルに、見事な筆記体で合計値が自動的に書き込まれた。完璧だ! これがSUM関数だ!

「次は応用編だ! この村の名前をキーにして、あっちの人口台帳から、対応する数値を自動で引っ張ってきたい!」

「む、難しいです…でも、やってみます!」

数日間の試行錯誤の末、彼女はついに特定のキーワードを元に、別シート(羊皮紙)からデータを検索・転写する高度な魔法を完成させた。

「『=VIDERE_EXTRAHERE! (見て、抜き出せ!)』…できました!」

異世界にVLOOKUP関数が誕生した瞬間だった。

開発に没頭する俺たちの元へ、噂を聞きつけた魔術師団長が、眉間に深いシワを刻んで乗り込んできた。

「エリアーナ! 貴様、何をしておるか! 魔法とは、国を滅ぼすほどの力を持つ神聖な術だ! こんな帳簿つけごときに使うなど、魔法への冒涜だぞ!」

「失礼ですが、時代が違います」

俺は師団長の前に立ちはだかった。

「情報もまた、国を守るための剣や盾となり得る、現代の武器です。このMCSがあれば、今まで一ヶ月かかっていた税収分析が半日で終わる。空いた時間で、より戦略的な国家運営を考えることができる。これは未来への投資です!」

俺は、試作品のMCSを使い、財務大臣から依頼されていた「王国全土の税収データ分析」を、エリアーナの魔法でわずか数分で集計してみせた。そして、その結果を元に、交易路復旧後の経済効果予測を美しいグラフ(俺の手書き)にして叩きつけた。

「な…なんという速さだ…今までの我々の苦労は一体…」

目の前で繰り広げられた圧倒的な業務効率化のデモンストレーションに、魔術師団長は言葉を失っている。

エリアーナは、自分の魔法が初めて直接的に人の役に立ち、感謝されていることに、静かな感動で頬を赤らめていた。その瞳には、自信の光が宿り始めていた。

プロジェクトは、デモを見た国王が「面白い! 余の小遣い帳もそれで管理させよ!」と鶴の一声を発したことで、正式な国家プロジェクトとして承認された。

しかし、俺の頭の中には、すでに「給与計算システムの自動化」「騎士団の装備在庫管理」「ゆくゆくは城内LAN(魔力通信網)の構築」など、次なる野望のブループリントが次々と描かれていた。

異世界に、IT革命の産声が上がった。

だがそれは、俺のさらなるデスマーチの始まりを告げる、けたたましいゴングの音でもあったのだ。

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