第15話 猛牛のニース
キルリアはアラン団長の家で留守番をすることになった。
「ちょっくら新しい顧客の販路を広げるさ!」
アラン団長の紹介でキルリア武具店の販路を広げるつもりらしい。相変わらずこの娘、ちゃっかりしている。灰色の城までは馬車でキルリア武具店の商品を運んでいた。討伐団の団員に売るための商品を持ち込んでいたのだ。
「討伐団はお金持ちなのさ。高単価な物も売れるのさ…へへっ。」
ニヤリと企むキルリアを後に、俺たちは討伐団とともに金の塔へ向かった。
移動中はニース隊長が話題の主導権を握ってくれた。こういう所も皆に慕われる所以なのだろう。
「ウチにはさー女房と娘が二人住んでいて、東の街のさらに東なんだけど、そこは小麦が獲れるのよ。でも普通の小麦とはちょっと違って、小粒で硬いのよね。パンにしようと思っても膨らまないのよ!だから俺たちは麺にするのね。麺にすれば、食感はツルツルもちもち。生麺なんか絶品だよ!普段は水と塩だけで捏ねて、乾燥させて保存を良くするんだけど、生麺を知ったら戻れないよ。卵と小麦粉を混ぜて伸ばして、平打ちの麺にするのさ!幅広の麺にソースが絡んで…。クゥーっ!葡萄酒をくれない?誰か!?」
ニース隊長の話は止まらない。
「暖かいからトマトも取れるんだよ!トマトと山羊の乳で作ったチーズ!麺に絡めて食べるのさ!クゥーっ!もう絶品間違なし!」
「でもさ俺牛は食べないのよ、何でかわかる?知りたいなら教えてあげよう!せ・い・か・い・は…、デデーン!丑年の牡牛座だから!共食いになっちゃうのよ!クゥーっ!これがつらい!」
「牛の挽肉の麺とか超うまいのだけど…。食べないっ!自分に言い聞かせてるのっ!」
ニース隊長いや元隊長の話に興味深々なのはドミニクくらいか、目を輝かせて聞いている。どこまで食い意地が張っているのだ、こいつは。
「ニース隊長!東の街のさらに東なら海も近いのではないですか?海鮮は食べないのでしょうか?」
「いい質問だドミニクくんっ!せ・い・か・い・は…、デデーン!食べるっ!」
「どうやって食べるのですか?」
「知りたい?ん?知りたいかね?」
「はい!教えてください!ニース隊長!」
こいつら気が合うようだな、二人とも頭のネジが1本抜けているのがそっくりだ。
「せ・い・か・い・は…、デデーン!スープにする!大鍋で煮るのさ!おっきな鍋で!」
「スープにしたら、パンが必要では無いのですか?主食は麺なのですよね?はっ!?まさかー。」
「そう!鍋に入れるんだ、しかも〆に!」
「そ、そんなことしたら!」
「魚介の旨みが麺に絡んで…クゥーッ!誰か葡萄酒を!ここで問題だ!ドミニクくんっ!魚介と山羊のチーズは合うか合わないか?どーっちなんだい?」
「えっ!?それは美味しそうですが…?こ、答えは?」
「せ・い・か・い・は…、合ーわないっ!!絶対ダメェ!!」
「そうなんですか!?」
「山のものには山のもの、海のものには海のもの。これが俺の故郷の鉄則なのよ!」
ニース隊長の話のネタは尽きない。いやニース元隊長か。ドミニクは話を聞くのが上手い。年上に気に入られるタイプだからか、ニース隊長も止まらない。いやニース元隊長も止まらない。
「そうして過ごしていたらね、いつからかな?自分の嫁をお母さんと呼ぶようになったのは。40歳くらいかな、わかる?自分の嫁をお母さんと呼ぶこと。俺にとっては母はもう妻よ。わかるかな?この俺の立場と気持ちが。若いときにはキルリアとドミニクよりも熱いあつーいアベックだったのに、やれ久しぶりに良かれと思ってお土産を沢山持って家に帰れば、妻は第一声で"何?帰ってきたの?"だとか、娘は"お父さんと洗濯物いっしょにしないでよ!臭うから!"だとか、もう謝ってばかり。もう怒られたくないのよ。今はすいません、すいませんと何回も何回も言っている。これじゃすいままんですよ。でもね、それでも俺は妻と娘を愛している!単身赴任、けっこうけっこうコケコッコー!尻に敷かれて20余年!主食は鶏!我が名は猛牛のニース!」
ニース隊長は面白い人だ。ドミニクは爆笑している、さすが人望の厚いニース隊長、いやニース元隊長か。俺も吹き出しそうなのを我慢した。
だが、そのニース元隊長が突然おしゃべりをやめて立ち止まった。その瞬間、討伐団の全員が立ち止まった。俺とドミニクは一瞬何が起きたか分からなかった。
「あの…どうしたんですか?みなさん…。」
ドミニクが恐る恐るニース元隊長に聞くと、
「囲まれちまったな。」と剣を抜いた。討伐団も全員武器を抜いた。俺とドミニクも慌てて武器を用意すると、何か音が聞こえる。荒い息遣いのような、獣のような。これはー。と思った刹那、物陰から大量の魔物が飛び出してきた。
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